TPPの現在(9)自動車関税はもう撤廃されない

 すでに日米貿易協定は調印を済ませただけでなく、来年1月の発効を待つだけとなっている。この時点で、朝日新聞は両国の関税削減額について独自の試算を発表した。いくらなんでも遅すぎると思うが、まあ、発表しないよりはいい。

 読んでみると単純な話なのに、何となくもってまわった言い方が多く、分かりにくいので単純なグラフにしてみた(左)。日本政府は今回の日米貿易協定で、アメリカが日本に輸出する米国製品の関税削減額は1030億円であり、日本がアメリカに輸出する日本製品の関税削減額は2128億円なので、「倍ぐらいの日本の勝ちだ」と述べてきた。

 しかし、2128億円のなかには、日本の自動車および日本の自動車部品の関税が撤廃されたことにして、プラスとして繰り入れてある。そこで、朝日新聞と民間シンクタンクがその分をマイナスしてみたところ、日本がアメリカに輸出する製品の関税削減額は大幅に減って260億円でしかなかった。

 しかも、日本政府は日本からアメリカに輸出される自動車および自動車部品関税について「撤廃は約束されている。撤廃時期を今後決める」と述べてきたが、これも協定の文書からみても、また、アメリカ政府およびアメリカのマスコミの反応を検討しても、日本政府の言っていることはあまりにもおかしい、というわけである。

朝日新聞電子版より

 この「TPPの現在」を読んでおられる方たちからすれば、何でそんなことを今さら報道しているんだと呆れるのではないかと思うが、図体がでかくて格調のあるマスコミには、常に舞台と時機というものがあるのだろうから、それはいいことにしよう。

 ただし、ものたりないのは、経済産業省から出向している渋谷和久・政策調整統括官のコメントについて、今回もちゃんとした突っ込みを入れていないことだ。渋谷統括官はさる9月25日に行われた日米合意後のブリーフィングにおいて、今回の日米貿易協議の性格についてかなり露骨に話していたのに、報道では何の指摘もなされなかったのである。

「今回は米国の譲許表にはっきりと更なる交渉 “further negotiation” によって関税撤廃ということが明記されるわけですので、わが国としては、何年後に撤廃ということは書いていませんけれども、自動車と自動車部品についての譲許表できちんと明記したということは、自動車と自動車部品についての米国の約束の形であると考えているところです」

 こんな解説で納得した新聞記者がいたとすれば、よっぽど能天気かお坊ちゃんたちの集団ではないかと疑われてもしかたがない。そもそも、「更なる交渉」という言葉が出てくるのは譲許表そのものではなく、譲許表に付けられたコメントのいちばん最後にちょろっとあるだけの話なのである。これはたぶん、日本側の懇請によって付帯させることが、アメリカ側に「許された」ものだと考えたほうがよさそうである。

 この付帯的な2行の英文が、「約束の形」であると日本政府関係者が考えるのは勝手だろうが、それがアメリカ政府側に確認をとったものかどうかも、このときのブリーフィングで記者団から質問が出ていないのである。こうしたナアナアの雰囲気だから、次のような渋谷統括官の言葉が出てくるのも不思議ではない。

朝日新聞電子版より

「自動車・自動車部品はすぐには下がらないのかというご質問があったように記憶しておりますが、ざっくばらんに申し上げると、自動車・自動車部品は、今のトランプ政権にとって、最も守りたい品目であります」

 これって、「日本は大統領選挙を1年後に控えたトランプ様に、やっぱり忖度しておいたほうがいいでしょ? ね、そこのところ皆さん大人なんだから、私たちの窮状を察していただけると有難いなあ」という意味じゃないのか? 「ざっくばらん」て、いったい何なんだ?

 もっとも、日本経済新聞にいたっては「互角以上の成果」と主張する分析記事を掲載するくらいだから、いまや日米経済交渉については批判的なことはおろか、普通の客観報道ですら難しくなっているのかもしれない(「TPPの現在(8)なお続く日米貿易協定の大本営発表」をご覧ください)。

 これほど慎重に(臆病に)報道している、朝日新聞ですら自動車・自動車部品関税について、次のように述べている。「政府は日米貿易協定で『米国の自動車関税撤廃』が約束されたものだと強調し、次の交渉で撤廃時期などを詰めると説明する。だが、米国側の説明とは食い違いがあり、実は日米とも次の交渉に向けた機運は乏しい」。これじゃ、もうダメだろう。

 もっとも別に朝日がダメだと示唆しなくとも、アメリカは経済交渉で一度勝ち取ったものは手放さないという方針を貫いてきた。2国間のFTAを展開して、その後、NAFTAやTPPの多国間経済交渉に移行した時期でも、それまでのFTAによる獲物は逃さないようにするのが大きな課題だった。今回、せっかく手にした巨額の成果を、「更なる交渉」などで手放すはずはないのである。

 いまは我慢をするときなのだ、相手は狂気のトランプではないか、という人がいるかもしれないが、私のようにTPPの話が出てきてからずっと経緯を追いかけていると、トランプだからダメだという気がしない。たとえ向こうの大統領が正気の人でも、同じ様に報道に奇妙な抑制がかかるのではないかと思うが、それは本当に単なる気のせいなのだろうか。

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