ブレグジット以後(1)英国とEUの「合意」の現実

英国とEUは、12月24日、FTA(自由貿易協定)を締結して、経済の協力関係を維持することで合意し、英国のEU離脱(ブレグジット)はハードランディングを回避したと報道されている。FTAがあれば、これまでの関税ゼロは継続することになるので、最悪の事態は避けられたと解説しているものもあるが、注意深く見ていけばそれほど楽観的になれないことが明らかになる。

ジョンソン英首相は、ツイッターに両手を広げて笑顔を見せている写真を投稿し、「グレート・トリーティ」とか「われわれの運命のコントロールを取り戻した」と述べて、「大いなる喜びの巨大な波」などという言葉を使っているのは確かである。また、EUのウルズラ・フォンデアライエンも、「道のりは長く、曲折はあったが、公平でバランスのよい合意ができた」と口裏を合わせていることも間違いない。

しかし、つねに協定とか合意が成立したときは、賛成派の称賛を読むよりも反対派の突っ込みを丹念に検討したほうが、その現実に迫ることができる。まず、FTAによって貿易に支障がないかと思ってはいけない。決まっているのは財についてのみであり、サービス(金融サービスも)についてはまだ細かい点が決まっていない。英国の漁業領域にEUの漁師が5年半は入り込めるが、割り当てが25%削減される。また、両者に問題が生じたときの交渉のシステムがまったく出来ていないのである。

ブルームバーグ12月25日付は、「FTAはEU加盟国の地位を完全に代替するものではない」と指摘して、12月31日をもって英国とEUとの間に何が起こるのかを、かなり細かく並べ立てている。ブレグジット称賛者にとっては、うざったいかもしれないが、なるだけ客観的にこの問題を考えたい人には実にありがたい。

「英国からEUに向かうモノは新年から税関審査が行われるが(これまでは税関審査もなかった)、英国はEUからの輸入製品に対する完全な審査を7月まで延期した。それでも、企業は貿易取引の記録をとっておいて、7月に税関に提出する必要がある」

「英国経済の80%を占め、会計監査や建築、コンサルティングなどを含むサービス業は、新たな制限に直面する。取引を継続するには、EU域内に事業拠点を設立することが必要になる場合があるほか、専門的な資格についてそれぞれの国で承認を得なければならない可能性がある」

「今回の合意とは関係なく、英国を拠点とする金融企業はEU全域でサービスを提供できる『パスポート』を失い、従業員の移転やEU域内での事業強化をしいられる。EU域内の顧客にアクセスするには、EUの40分野に及ぶ規則と英国の規則が同等と見なされることが必要であり、いまのところそれは実現していない」

「企業は製品について2つの異なる規格や規則を満たさなければならなくなり、英国とEUの両方の市場で販売するには、それぞれの当局から承認を得る必要が生じる。たとえば、英国での販売には1月1日からEUのCEマークの代わりに、新たな独自のUKCAマーク取得が義務付けられる」

「英国とEUとのあいだの自由な人の移動は終わる。英国は移民に対してポイント制の新規格を導入する計画で、外国人は就労目的で英国に入国するまえに、一定の基準を満たしていることを証明する必要がある。この基準には、英語が話せ、雇用契約を得ていること、年2万480ポンド(日本円で290万円)以上の給与を約束していることなどが含まれている」

まだあるのだが、いちおうこれくらいにしておく。実は、今回の合意文書は本文だけでも2000ページもあり、さらにこれに付帯文書が数百ページあるという。したがって、今年中に批准すると豪語しているジョンソン首相と支持者たちは、この内容を完全に把握するのは無理だといわれている。それは、来年1月を目指すと控えめにいっているEUの議員たちも、同様だと指摘するマスコミもある。

ところで、懸案となっていた北アイルランドとアイルランドとの国境問題は、英経済誌ジ・エコノミスト12月24日号によれば、「グレート・ブリテンとは異なり、同一市場の状態を続ける」らしい。同誌はよく知られているように、コブデン・ブライトの穀物法反対の時代から自由貿易支持で、ブレグジットにも反対してきたので、「ジ・エコノミストに典型的にみられるような反対派」などと書かれたこともある。

そのジ・エコノミストが指摘しているのは、「GDPは長期的に見れば4%低下する」ことと、「貿易についてはアメリカ、中国、インドでおぎなっても、EUの加盟国であったときをカバーすることはできない」ということである。同誌は「ハードランディングを避けたからといっても、ブレグジットが厳しいことは変わりがない」と指摘している。

なぜ、その「厳しい」道を英国が選択したかはさまざまに議論されている。たとえば、移民をもう増やしたくないというのは理解しやすい。また、私は英国民がちゃんと考えたうえでのことなら、そのときは自分たちが損をするだけでなく、他国に迷惑をかけることになっても、「自分たちで自分たちの政治決定ができる」ことを優先させるのは、国家としてあっても認めるべきだと思う。英国の問題は、2016年に国民投票で離脱を決めてから、4年間も漂流したことだろう。

これからときどき、英国の「ブレグジット後」についてレポートをしていきたいと思う。それは、英国がこれまで歴史にないような「実験」をしてくれているからで、われわれとしても参考になるのでしっかり見ておきたいと思う。いまのところの簡単な見通しを述べておくと、すぐにではないが、十年くらいしてみると、英国は政治的独立をある程度回復しつつ、ゆっくりとEUとの経済的関係を再び深めていくのではないかと思われる。

もちろん、アメリカや中国やインド(そして多くはないが日本)との経済関係に傾斜するかもしれないが、距離や文化的親近性などからビジネスの条件を考えれば、EUがいいに決まっている。もちろん、これはわたしの不見識かもしれず、中国が急速に増加したり、アメリカとの関係が異常に増加するかも知れないが、まあ、ゆっくり見ることにしたい。

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