ブレグジット以後(2)英国の経済や人口移動はいまどうなった?

英国がEUから離脱したのは、良かったのか悪かったのか。国民投票を行なって2020年1月に正式に離脱して2年になろうとするいま、経済的な影響だけでなく人口移動や世論にたいする影響も調べた調査結果が出た。もちろん、この2年間はコロナ禍とウクライナ戦争によってマイナスの影響を受けているから、そのことを考慮にいれた巧妙な方法によって考察されている。

その巧妙な方法というのは、EU離脱した英国の他に、EU離脱しなかった英国(こちらはドッペルゲンガー〈分身〉と呼ばれている)を想定し、この2つを比較するというテクニックである。シンクタンク欧州改革センターのジョン・スプリングフォードたちが、このドッペルゲンガー法を用いて算出したデータを、英経済誌ジ・エコノミスト1月3日号の記事「グラフで見るブレグジットのインパクト」でグラフにして見せてくれている。

まず、GDPの伸び具合だが、2022年の第2四半期までのデータによれば、ブレグジットは6%ほどのマイナスをもたらしていることが分かった。また、同じ方法によって投資への影響は11%もの低下を生み出している。さらに、貿易だが「財」については輸出・輸入あわせて7%のマイナスということになった。「サービス」はほとんど数字にならなかったようだが、これは「きわめて計測するのに困難」という事情があったという。

もちろん、この欧州改革センターの暫定的結論に対しては批判もある。たとえば、地域比較に用いられたオーストラリアやニュージーランドは、調査対象になっていた時期にはコロナ・パンデミックで出入国が原則禁止されていたし、また、アメリカは2019年からエネルギーの輸出国になっているので、かならずしもフェアなシミュレーションとはいえないというわけである。

そもそも、英国についても、この国が生産性に問題があったことなど、前から分かっていたではないかという批判もあった。問題のある英国経済がブレグジットでさらに問題が多くなったといっても、何か益することがあるのだろうかというわけだ。しかし、すでに述べたように、ブレグジットをやらなかったドッペルゲンガー英国との比較で影響を見るという方法をとっているので、必ずしも無意味ではない。

ブレグジットはEUとの間の貿易だけでなく人口移動にも影響を与えている。ただし、移民だけで見ると驚くほどの数値ではない。2022年1月までの1年間で英国に入ってきたEUからの移民は、移民全体の約5分の1にすぎない。計測法が当時とは変わってしまったので確かなことは言えないが、2015年にはEUからの移民が、移民全体の半分ほどを占めていたという。そして、左のグラフに明らかなように、全体の移民の数は減らないで増えているのだ。

また、ブレグジットに対する考え方もかなり変化している。移民は英国にとってポジティブな効果があると答えた人は、2015年2月には約46%にのぼったが、2022年1月でみると35%に減少してしまっている。さらに、英国民がEUから離脱するのに賛成するのは正しいと答えた成人は、2016年8月には52%にのぼったが、今日では43%にまで低下している(下のグラフを参照のこと)。

もちろん、英国のEUからの離脱は、こうした経済的側面や人口移動面からだけでなく、政治的側面や文化的側面もあるだろう。すべての面から考察するのは難しいにしても、かなり総合的な観点から見直すまでには、まだ時間が必要だろう。ブレグジットの国民投票があった当時、ローリングストーンズのミック・ジャガーが「20年もたったら、あのときブレグジットしておいて良かったということになるかもしれない」とコメントしていた。彼のロックと違って、「もう待てない」わけではなく、ずいぶん悠長な話だなと思ったが、この問題はミックが指摘したくらいの長い時間が必要だろう。

もうひとつ考えておきたいのは、グローバリズムが衰退して国家の地位が見直されるという議論自体は、私は好ましいことだと思うが、なんでもかんでもグローバリズムが終わって国家が興隆するという話に、無理やり接続する議論は要注意ではないかということだ。英国がEUから離脱したのは、英国の国家意識や主権についての再考もあったかもしれないが、賛成派の多くは、EUから離脱すれば海外からの移民が少なくなって、経済もよくなるという、かなり浮ついたジョンソン元首相などのプロパガンダに呼応したという側面もある。

しかも、英国の場合には200年以上もの帝国時代を経ていて、すでに移民国家であることは否定しがたい状況にある。そんな国がEUとは別の道を歩むといったから、これは国民国家意識の甦りだと、ただちに判断できないと思うのだがどうだろうか。英国は「グローバリズム支持」と「グローバリズム反対」に分裂しているという、二分法による単純な説が日本の一部では流行ったが、丁寧に経済と地域との関係を観察すると、それほど簡単な話ではないという英国での指摘もあった。便利な話には落とし穴がつきまとう。

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