ブレグジット以後(3)スナク首相のBrexit改訂版はEUと関係修復の大逆転か

英国はスナク首相のもとで、ブレグジットをめぐるEUとの関係を修復しそうだ。すくなくとも、欧米の経済マスコミはそう報じている。なかでも、最大の懸案だった北アイルランドの扱いについては、反対派の政治勢力や党内の批判派も今のところ反発していない。どのような妥協案が編み出されたのか、その前提条件と可能性をみておきたい。

英経済誌ジ・エコノミスト2月27日号に「新しいブレグジットの提案は英国が予想できるなかでベスト。支持すべきだ」という、スナク英首相とフォンデアライエンEU委員長との合意に賛成の社説を掲載している。ブレグジット賛成派から「経済優先のコスモポリタン的エリートの読む媒体」と批判された同誌にしてみれば、当然の反応というべきだろう。「保守党もDUPもEUとの新しい合意を後援すべきだ」とのダメ押しサブタイトルをつけている。

同誌の説明はこのテーマについて詳しくない読者にとってはあまり親切ではない。これまでジョンソン元首相がさんざん掻きまわしてきたブレグジット交渉について、読者は熟知していることが前提なのだろう。それでも記事のポイントをあげれば、スナク首相とフォンデアライアン委員長は、たとえば北アイルランドについては「それまでの取り決めよりずっとシンプルな国境管理」が可能になる「ウインザー・フレームワーク」と呼ばれる、かなりプラグマティックな同意に辿り着いたということだ。

「不要な貿易手続きをなくしてしまうので、北アイルランドの多くのビジネスマンや普通の有権者によって歓迎される。もちろん、保守党のなかのブレグジット主義者や北アイルランドの親英派民主統一党(DUP)は、スナク首相がプロトコルの取り決めについての文章を変更していないし、ヨーロッパ裁判所が北アイルランドにおける法的権威を維持することになるので、不満はあるだろう。しかし、スナク首相に敵対する保守党内の勢力は、そもそもまともな代替案をまったく提示していないことを思い出すべきなのだ」

もうすこし、ジョンソン元首相が進めていたブレグジットの中身について振り返ってみたい。米経済紙ウォールストリート紙2月28日付は「英国のリーダーは彼が改訂した北アイルランドにおけるブレグジットを売り込んでいる」を掲載した。タイトルからして、スナク首相の自己称賛が過ぎると思っているようだが、必ずしも真っ向から批判しているわけではない。

同紙はアメリカの一般読者に向けて、ブレグジットが今にいたった前提から述べている。2016年に英国では国民投票でEUからの離脱を決めた。僅差だったので懸念はあったが、ジョンソン元首相が煽って支持を増やし、2019年に正式に離脱を発表する。このときアイルランド島の北部で英国領の北アイルランドは、国境を接するEU加盟国であるアイルランド共和国と同じあつかいにすることになった。つまり、政治的には英国でも経済的にはEUと見なすことにしたわけである。

それを今度のスナク首相の「改訂版」では、北アイルランドに入ってくる物品についてのチェックのレベルを下げて、しかも北アイルランドにEUの法律に関する拒否権を与えるということになっている。これは保守党内のEU懐疑派や英国のマスコミにも受けがいいとウォールストリート紙は指摘している。

「もし、スナク首相がEUとの交渉について英国内で支持を獲得するのに成功すれば、北アイルランドに存在するEU派の反発があるにしても、悪化していたEUとの関係をリセットすることができるかもしれない。また、それは北アイルランドの平和を強化するだけでなく、北アイルランドと和解することを促していた、(アイルランド系の)バイデン米大統領の覚えがよくなるだろうと、ある英政府高官は語っている」

同紙にいわせれば、そもそもブレグジットというのは、EUの単一市場から離脱して、英国の周りに貿易上の国境を復活させるという試みだった。そのさい英国は北アイルランドとアイルランド共和国との間にも国境を作り出すことになる。それはアイランド統一を望むアイルランド人を怒らせることになるし、また、英国との一体性を望んできた英国統一派をも憤慨させる危険のあるものだった。

「スナク首相は、彼のブレグジット改訂案ならば英国と北アイルランドとの間の貿易品へのチェックをなくするし、北アイルランド議会にEUによるどんな法制に対しても拒否権を与えると語っている。つまり、彼の改訂案は北アイルランドをEUの市場にも英国の市場にもアクセスできる最優位の地域にするのだというわけである」

このような案がEUとの間で現実化されようとしているのは、いくつかの条件が整ったからだと見るべきだろう。第一に、ブレグジットをやってみたところ、いまの状況が悪い(戦争やインフレ)ことを考慮しても、弊害のほうが大きいことが明らかになったこと。第二に、ウクライナ戦争が起こったことで、英国とEUとの一体感が生まれて、交渉を加速したほうが政治的にも期待が持てるとの雰囲気があること。そして、第三に、こうした前提にたてば、EU側としても離脱した英国に対する懲罰的な発想は、自分たちにも得にならないことがあきらかであること、などである。

それと、もうひとつの条件がある。英国経済紙フィナンシャル・タイムズ3月1日付は「北アイルランドのデッドロックを破壊した秘密会談の内情」という長めの記事の最後に、スナク首相が下院でEUとの合意について嬉々として語っているとき、議場にはジョンソン元首相の姿はなかったと述べている。スナク内閣のある閣僚は、同紙に対して次のように語ったという。「このスナクのプランというのは本来数カ月前にも可能だった。しかし、それが出来なかったのは彼(ジョンソン)だったからなんだ」。

とはいえ、北アイルランドの地位が高まったのはよいとして、肝心の英国の政治的独立性や経済の成長可能性はどこにいってしまったのだろうか。ジョンソン元首相がトリックともいうべき手法でブレグジットを実現させていくなかで、この1年の間に先頭に飛び出したスナクやトラスといった英国保守党の政治家たちは、いっしょになってブレグジットは政治的独立だけでなく、経済的発展も可能になると口裏を合わせていたのではなかったのか。どうもスナク首相によるEUとの関係改善や、北アイルランド問題解決などの勝利の栄光は、来年の選挙を待たずして消えてしまうのではないだろうか。

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