新型コロナの第6波に備える(6)いかにしてコロナ禍は終わるのか

「オミクロン株は感染力がきわめて強いが、半面、症状が重くならない。したがって、膨大な数の感染者が生まれるが、重症化して亡くなる人は比較的少なくてすみそうだ。ということは、いまのオミクロン株の感染拡大が、実は、人類が新型コロナ禍から抜け出すきっかけになるのではないか」。こうした「エンデミック化」の予想がいま有力となりつつある。では、人類はいつから新型コロナ脱出が可能になるのか。そして、その後、新型コロナウイルスはどうなるのか。

フィナンシャル・タイムズ紙2021年12月31日付は「いかにしてコロナ・パンデミックは終わるのか:オミクロン株の後に来るのは何か」を掲載して、多くの専門家の証言をもとに、2022年は世界がコロナ禍からの脱出の年になるという予測を立てている。たとえば、ワシントン大学HME研究所のクリス・マーレイ部長は、次のように述べている。

「オミクロン株のきわめて高い感染力は、私たちのモデルによる計算によると、これから2カ月ほどで地球上の30億人が、この新型コロナ変異株に感染する計算になります。この大量感染が意味するのは、実は、デルタ株が生み出した感染波や昨年冬の世界レベルでの感染ピークよりも、ずっと入院者数(重症化)が少なくなるということです」。

新型コロナの感染が始まったころにも、ウイルスの感染力と毒性とは反比例すると報じられたことがあった。これはいままで流行したウイルス性感染症からの、かなりおおざっぱな一般化といえる。感染した生物を重症化させて大量に殺してしまえば、ウイルスは増殖の機会を失うので、ほどほどの毒性にとどまるウイルスがかえって繁栄するというわけである。もしオミクロン株が感染力は強いのに症状は軽いなら、いままさに新型コロナは変異を繰り返したあげく、人間には害の少ない変異株になったということかもしれない。

しかし、こうした反比例の図式は、それぞれのウイルスの性質によって必ずしも成立するとは限らないと専門家たちはコメントしてきた。この反比例は、あくまでも確率論的な予測で、現実にそうなると決まっているわけではないと指摘した感染症医師もいた。それがいま、新型コロナのパンデミックが終焉する理由として、再び注目されているわけである。

こうした見方は、ウイルスの性質だけからの仮説ではない。同紙はイースト・アングリア大学のポール・ハンター教授による人間の免疫システムからの説も紹介している。「新型コロナウイルスは新しい変異株を継続的に作り出していくのですが、私たち人間の細胞がもつ免疫も、新たな感染を受けるたびごとに、重症化する病気に対して防御システムを構築していくのです。その結果として、私たちの細胞の働きは新しいウイルスについての憂いをストップさせることになります」。

こうした人間に備わった免疫システムの働きについては、いま特に、白血球細胞がもつ複雑な免疫システムについて注目されるようになっている。以前に感染したウイルスに対して生まれた免疫システムは、再び同じウイルスの侵入があった場合はもちろん、遺伝子レベルで類似性があるウイルスの感染に対しても、免疫システムを発動することがある。

では、新型コロナウイルスは、変異を繰り返して感染力は強いが毒性は低いものになり、そのいっぽうで、様々な感染症を経験し疫力を強めた人間の免疫システムに撃退されて、やがて消滅してしまうのだろうか。いま有力になっている「新型コロナウイルスのエンデミック化」という説は、必ずしもそうではないようだ。

まず、この説が主張していることから簡単に説明してしまおう。たとえば、いまインフルエンザは、かつては世界中に感染が広がって「スペイン風邪」と呼ばれ、約5億人に感染し約1億人の死者を生み出した。やがてスペイン風邪は毒性が低くなり季節性インフルエンザとなって、冬になると繰り返し流行するが、年によっては世界で数十万人の死者をもたらすものの、春になると流行は終わってしまうパターンを持つようになった。

季節性インフルエンザは、いったん消えたように見えても、冬になると再び流行し始める。ワクチンはすでに存在していて、接種した人には感染しにくくなるが、だからといってウイルスが姿を消してしまうわけではない。流行が終わってもウイルスは何らかの形で生き延びていて、流行の季節がやってくると再び感染拡大する。

それと同じように、新型コロナウイルスも、すでにワクチンが存在するので、新しい変異株が生まれても、あるていど流行を抑えることができ、また、重症化する人を少なくすることが可能だ。しかし、これからいったん消滅したように見えても、一定の地域に常時潜在していて、なんらかのきっかけで、再び感染が始まるパターンに入るのではないかと予測する専門家が多くなった。これを研究者たちは「エンデミック化」と呼んでいる。

このエンデミック化については、アメリカの公衆衛生専門家たちの間で唱えられているが、ウォールストリート紙2021年12月23日号の「アメリカではオミクロン株が広がるなかで、新型コロナはエンデミック化に向かって進んでいる」が取り上げて話題になった。この記事を書いたブリアナ・アボットは何人もの研究者たちに取材して、このエンデミック化説を詳しく紹介して、次のようにまとめている。

「オミクロン株の激しい感染拡大は、アメリカではエンデミックに移行する途上にある新たな兆候だと専門家たちは指摘している。つまり、新型コロナの世界的な感染が完全に終息することはなく、世界を飲みこんだウイルスは、紆余曲折をたどりながらいったん姿を隠すが、数年後には、日常的なものとなっているだろうというのである」

この記事が注目され問題点も指摘されたせいだろう、アボットは取材執筆のパートナーを変えて、同年12月31日に「エンデミックとは何か、そしてコロナはエンデミックになるのか?」を寄稿している。この記事では「エンデミック」だけでなく、「エピデミック」「パンデミック」との違いを述べ、さらに恣意的に使われてきた「集団免疫」などについても定義を厳密に述べて、入門編といってよい内容にしている(この部分は【付録】にまとめた)。

「ほとんどの感染症学者は、新型コロナが世界中のいたるところで、エンデミックになると考えている。それは異なる時期、異なる場所で、そうなるということだ。公衆衛生の専門家たちは、アメリカではすでにコロナウイルスは、エピデミックへの道を進みつつあるという」

この続編でアボットたちが言いたいのは、「エンデミック化」といっても、何もしないで自然にそうなるというわけではないことである。なにより重要なのは、移行期において、重症化や死者を抑制する努力がその過程に含まれていることだ。そしてそれには、実は、微妙なバランス感覚と強い忍耐力が必要な営為なのだ。次は、これから新型コロナが安定化する「ベストケース」を、アボットが述べた部分である。

「多くの公衆衛生専門家と感染症研究者は、いまの時点でのベストなのは『ワクチン接種を可能なかぎり多くの人にすることで、新型コロナによる重症化や死亡のリスクを低下させると同時に、その感染拡大も緩慢化していくこと』だという。フレッド・ハンチントン研究所のジョシュア・シファー准教授は言う。『私たちは自信をもって、ウイルスは予想がつくかぎりの未来永劫、エンデミックになると言うことが出来きます。しかし、それをどうすればいいのかを計画するのは、それ自体がきわめてチャレンジングなことです』」

【付録】エンデミック、エピデミック、パンデミック、集団免疫

エンデミック:CDCによれば、人びとの間に常時存在していて、基本的には予測できるパターンをもち、予測できる時期に始まる。(東谷注:かつては風土病と訳されていた)

エピデミック:エンデミックが予測できるパターンで予測できる時期に始まるのに対し、予測できない時期に始まり、予測できない感染増加をみせる。たとえば、天然痘がその例だったが、いまはほぼ完全に封じ込めている。

パンデミック:エピデミックが世界規模に広がったもの。WHOは2020年3月に新型コロナはパンデミックのレベルに達したと宣言した。

集団免疫:ワクチンや感染によって、それ以上の感染をストップし、これまで免疫を持っていなかった人を感染から守るレベルまで、感染防御が十分に構築された状態。少し前までは、この集団免疫の状態になるのがコロナ禍の終わりだという疫学者もいたが、いまではこのゴールはきわめて不確かなものと見られている。(東谷注:あいかわらず集団免疫といえば、それが本当の解決で、自分は正しいと思い込んでいる人がいるが、いまや危険な認識になってしまった)

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