新型コロナの第3波に備える(13)「他山の石」スウェーデンのマスク政策

最近のことである、スウェーデンの地方都市ハルムスタッドの役所が、学校の先生たちにマスクを外すように命じ、学校でのマスク使用を禁じた。役所の職員は「マスクには科学的な根拠がない」と政府の公共衛生機関の文書を引用しながら説明したという。繰り返すが、マスクを奨めたのでも義務だと言ったのでもなく、禁じようとしたのである。

もちろん、この職員が根拠にした政府のガイドラインというのが以前のもので、昨年12月からスウェーデンでも遅ればせながらマスクを推奨するようになっていたからだ。さすがに、この禁止命令は撤回されたが、奨めるのと禁じるのでは、まったく逆なので話題になった。

同じような事件があった。これも地方都市のクングスバッカで図書館が、館内でマスクを着けないように指導したという。この場合も以前にあったガイドラインに従って、職員は「正しいこと」をしたわけだが、すでに中央政府の方針が180度変わっていたにもかかわらず、地方まで徹底されていなかったわけである。

いずれの例もABCニュース2月10日付の「コロナウイルスが猖獗をきわめるなか、なぜスウェーデンのいくつかの町ではマスクを禁じるのか?」が紹介している例である。周知のように、スウェーデンは他のヨーロッパ諸国と異なるコロナ対策を採用してきたが、ことにマスクは昨年の12月まで推奨しないどころか、国家疫学者テグネルは「有害」とすら述べてきたのである。

方針転換をしたといっても、有害といってきた人物はいまもこの要職にあるだけでなく、国民に自分の「過ち」を謝罪したわけではない。また、政府のほうもそのことを公式に認めようとしてこなかった。そして、徹底した方向転換のメッセージを、発信し続けているとはいいがたいのである。政策の方針はしっかりと理屈をつけて、さらに前言撤回の場合には、責任の所在を明確にすることが必要ではないだろうか。

もうひとつ、ABCニュースが報じている、ちょっとした事件を見てみよう。公共衛生庁のヨハン・カールソンは、2週間ほど前に、マスクをしないでラッシュアワーのバスに乗車していたのを目撃されて問題となった。彼は「通勤時間帯になっていたことに気がつかなかっただけです」と弁護して、かえって批判の炎に油を注いだ。自分たちの決めたルールを、自分たちが率先して破るのかというわけである。

この事件は、スウェーデンの今のコロナ対策があまりに複雑で、リスク・コミュニケーションの観点からすると欠陥があるからだと、ABCニュースは指摘している。つまり、公共衛生庁のトップクラスが間違うほど、マスクをかける時間について細かすぎる規定があるというのである。

同国のロベーン首相が国民に対して「移動のさいにはマスクをかけることを推奨する」とは述べた。しかし、マスクを着けるべき時間というのが細かく決まっていて、午前7時から9時、午後4時から6時までということになっている。これなど、マスクは身に着けるものであることを考えれば、通勤時間のしかもピーク時だけという規定が、あまりにも絞り込みすぎというべきだろう。

こうしたリスク・コミュニケーションでの基準については、専門家たちが自説をさまざまに展開して、しばしば相互矛盾しているのは日本でも同じである。たとえば、スーパーなどで採用しているシールドは有効だという医学者もいれば、実際上、ほとんど意味がないとまでいう疫学者もいる。しかし、現場ではおおざっぱに「厳密に突き詰めなくとも、おたがい安心できる」というような判断で使っているのではないかと思われる。ほかにも、いちいちアルコールで消毒するのは意味がないという疫学者もいるし、マスクは3密でないところでかけても有効ではないという医学者もいる。

もちろん、それら独自の説に耳を傾ければ、厳密な医学的および疫学的ロジックで固めているわけで、なるほどと思うことも多い。「日本人にはすでに免疫がある」とか、「若い人に感染させれば集団免疫ができる」などという、危険で間違った奇説とはわけが違う。しかし、論理的に正しくとも、それらの説のさまざまな「場合分け」が頭に入っていなければ、必ずしも実践的でないと思うことは多い。

普通の人間の日常生活は習慣によるもので、医学や疫学に則っているのではない。守るべき人間のほとんどは、正式に医学とか免疫を学んでもいなければ、感染症医療の現場に立ったこともないのだ。けっきょくは大雑把にシンプルにくくって、マイナスの要素がなければ、ある程度のスラックや無駄があるようなルールのほうがいいと私は感じている。

スウェーデンのマスクをめぐっては、「いまもマスクを否定するスウェーデン;むしろ危険とする根拠の論文72%は実はマスク支持だった」で述べたように、テグネルを中心とする政府機関の疫学者たちが、自分たちの仮説にこだわりすぎ、「有害」とまで断じてしまった。それがスウェーデンの合理性からきたものか、それとも自分たちのプライドを守ろうとしたためなのか、はっきりしないところがある。しかし、いずれにせよスウェーデン国民には「有害」な方針だったことはまちがいない。

スウェーデンではいまワクチンの接種が進行している。これまでの例では、同国民はワクチン接種に積極的だとされてきた。いまの局面を乗り切れば、苦境を脱せるかもしれない。そして、日本でもこうした「他山の石」を無にしないで、政策はその理由を明確に発表して、責任の所在をはっきりさせた遂行が望まれるのである。

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新型コロナの第3波に備える(13)「他山の石」スウェーデンのマスク政策” に対して1件のコメントがあります。

  1. ひなききパパ より:

    日本も同様とか訳のわからない引き合いを出して、何言ってるんですか?
    スウェーデンは圧倒的に間違っているし、コロナに関して日本が参考にすべき点は在りません。

    1. komodon-z より:

      ひななきパパさまへ
      「スウェーデンは圧倒的に間違っている」とおっしゃっているのには賛成です。それはこれまでの投稿を見ていただければ納得いただけると思います。しかし、何も参考にできないかといえばそうではないと思います。「他山の石」の意味を勘違いされているのではないですか?
      東谷

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