コロナ恐慌からの脱出(17)死亡率の上昇は経済回復を遅らせる

緊急事態宣言が解除になったのに、日本経済の回復が遅いとの声は街にあふれている。なかには日本だけが世界においてゆかれると焦っている人もいる。しかし、世界的に見て日本だけが遅れているわけではない。むしろ、日本が採用してきた、ある程度の生活・経済の制限、そしてある程度の自粛が、経済の回復にとってプラスになるとの見方が強くなっている。

英経済誌『ジ・エコノミスト』7月11日号に掲載されている「いくつかの経済は復活しつつある。しかし、うまくいかない回復もありうる」は短いものだが、だいたい予想通り、常識の範囲内のパースペクティブを伝えてくれている。つまり、新型コロナ騒動は経済に大きな衝撃を与えたが、ロックダウンを含めて適切な対処をした国の経済は、不適切だった国に比べればまだましだということである。

まず、全体の概要としては、今年前半のコロナ禍はやはり大きかったが、このままでいけば2021年にはコロナ以前の状態に回復するのではないかという。もちろん、そこには凸凹があって、いまの時点でも、たとえばドイツと韓国などは「V型回復」といえるくらいの良好な状態を見せているが、あいかわらず予想がつきにくい国もあるというわけである。

同誌の分析では、ドイツ経済の回復が早いのは、この国の経済が製造業に多くを依存しており、小売業やレジャー産業への依存度がそれほどでないことが幸いしている。経済の規模が違うが、たとえばポーランドの経済の回復が順調なのも、やはり外国からの観光客への依存度が小さかったからだというわけである。

また、ゴールドマン・サックスのレポートによれば、厳しいロックダウンをした場合の経済への影響は大きく、たとえば、厳格なロックダウンを断行したイタリアでは、今年の上半期のGDPはマイナス10%になると予想されるが、厳格でなかった韓国の場合にはマイナス5%で済んでいるという。

これはもう少し細かく検討すれば、コロナ感染が始まったときに、初動が適切であったときには影響を低減できるが、蔓延が起こってからロックダウンを行えばイタリア、フランスのように、巨大な影響を受けてしまうと解釈すべきだろう。つまり、追い込まれてからの劇的な政策は弊害も多くなり、その典型的な例がヨーロッパでは英国ではないかと思う。

さらに、『ジ・エコノミスト』は、ロックダウン解除後の経済回復は、国によってかなりの差があるという。アメリカやスペインの場合に甚だしいのは、ロックダウンを解いてもレストランに客が戻らず、また、交通機関の利用も回復しない。そのいっぽう、北欧のデンマークやノルウェーは、6月末までに経済活動はほぼ元にもどり、デンマークなどは5月に前年度比較で6%伸びている(英国は逆に2桁%下落している)。

また、韓国の場合には、GDPの0.5%に相当する巨額の政府補助金が支給されたおかげで、他の先進国に比べて消費のマイナスが少なくてすんだ。日本も政府から家計に気前のよい補助金が配られたお陰で、今年の消費は上昇するのではないかと予想されている。いっぽう、イタリアの場合には財政赤字にこだわったために、気前のよい財政支出は行われず、あまり消費の回復は期待できないだろうという。

興味深いのは、経済回復とコロナによる死亡率の上昇との関係についても言及していることで、シカゴ大学の研究グループが行った州ごとの比較研究によれば、コロナによる死亡率の急上昇は、低い消費行動を関係があることが明らかになった。これは国についてもいえることで、グーグルのデータを用いた同誌の分析でも、商店、仕事場、公共交通機関への人出においても、同じ傾向が見られるという。

このシカゴ大学のグールズビーとサイバーソンによる論文の結論部分を見ていただこう。「わたしたちは、経済活動の低下の大部分は、政府が課した制限よりも、それぞれの自発的な商取引からの撤退のほうが遥かに大きいとみている。……外出制限政策への一時的あるいは特定的な対応が理由だという証拠は見いだせない」。さらに、「その国で報じられている死者の数から大きな影響を受けている」との指摘もある。

こんなことは常識で考えれば当たり前のことだ。しかし、ひたすらロックダウンや緊急事態宣言を批判しているマッチョな政治家や評論家たちは、多くの人が激しく感染しバタバタと人が死んでいくのを見ても、「生活と経済」は守られると思いこんでいる。そうではない。同誌によれば「コロナによる高い死亡率と低い消費行動とは関係があるのである」。

グラフには出てくるが、記事ではスウェーデンについて触れていないので、最近の動向を簡単に述べておこう。スウェーデンは医療崩壊を回避することを掲げ、ロックダウンが生活や経済に影響が生じることを避け、感染者が増えるにまかせ集団免疫の壁が生じることを目指した。第2波が終わってみれば、死亡率も他国と変わりない状態になり、生活と経済が維持される分は得になるというわけである。

しかし、死亡率は急伸して近隣国の4倍から10倍、集団免疫の壁もできそうになく、今年のGDP予測はマイナス6.8%、そして医療崩壊は回避したかもしれないが、悲惨な介護崩壊を引き起こしてしまった。このことについては、拙ブログの「いまスウェーデン方式を推奨する人の不思議」をご覧いただきたい。英紙ザ・タイムズ7月2日付によれば、ついにステファン・ロベーン首相は、これまでのコロナ対策を見直す時が来たと述べるところまで追いつめられた。

マッチョな態度を売り物にした英国、アメリカ、ブラジルなどの政治家たちは、コロナの激しい蔓延という悲惨な現実に直面してきた。英国のジョンソン首相はコロナに感染して途中から方針を切り替えたが経済も下落、アメリカのトランプ大統領は秋の選挙では落選確実となり、マスクをかけるようになったが、もう手遅れである。国民の政府にたいする信頼を無視してきた報いである。

ブラジルのボルソナロ大統領はいまだに方針を変える気はないらしいが、自身がコロナに感染して、大統領府がコロナ感染の巣窟になってしまった。「人は誰でも死ぬ」というのが彼の決め台詞だったが、本人がその先駆けになる可能性も出てきた。そして、スウェーデンもすでに述べたように、何らかの変更を余儀なくされている。

日本でマッチョなスタイルに憧れた論者は、いまさかんにこれまでの発言を言い換えたり、部分否定にしてみたり、限定詞を付けたりして、あたかも自分が予言したとおりの事態が日本を蔽っているかのように論じている。また、スウェーデンをモデルにしてかなり荒っぽいトリアージを提言していた論者は、「経済も高齢者も守る政策」などと言い始めている。

不確定要素が多く情報が足りないときは、極端な方針は採用しないというのが、戦略論での鉄則だが、日本はおそらく優柔さもあって、偶然にこの「中庸」の道を進んで悲惨な状態を回避している。しかし、なぜいま日本が悲惨をなんとか回避しているのかについて、謙虚な検証を行わなければ、英国やブラジルのような事態が生じてしまうかもしれない。

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