新型コロナの第3波に備える(15)独自路線を売物にしたスウェーデンの陥穽

スウェーデンのコロナ対策について、さすがに日本では関心が薄れている。それも当然のことで、いわゆる「非ロックダウン」の独自路線を貫くことで、社会生活や経済への影響を最小限にとどめ、なおかつ国民の間に集団免疫を作り出しているという話が、ほとんど幻想だったからだ。

しかし、英紙ザ・タイムズ2月21日付に、ルイーズ・キャラハンの「スウェーデンのコロナ対策はどうだったのか? 不干渉戦略は変わっていないと当局は言っている」が掲載された。締めくくり部分には「この1年で世界ではコロナで240万人が亡くなった。そのなかでスウェーデンのコロナ政策が失敗したといえるだろうか?」とあって、一瞬、顎が外れそうになった。

スウェーデンのコロナ対策の当否は、いまの段階では分からないと主張する記事が、日本を含めて世界中のマスコミに、いまも登場するのは知っていた。いわゆる「スウェーデン・ファン」のジャーナリストが、曖昧な数値比較や印象操作的なグラフを載せて、「だって、スェーデンは英国などより、ずっとまともな結果を出しているじゃないか」などと述べて、最終的結果が出ていないのだから、スウェーデンを批判するのは不当だというわけである。

こうした記事を書いたライターが、スウェーデン当局と親しいからなのか、単にスウェーデン・ファンだからなのかは判然としないが、かなり強引な主張であることは明らかだ。キャラハンの場合は、同紙5月24日付に「アンデッシュ・テグネル、スウェーデンの非ロックダウン式コロナ対策の背後にいる人物」という、テグネルの入れ墨をした男の話まで紹介した記事を発表しており、また、スウェーデンで生まれた(6歳で英国に移ったというが)というファクターが大きいのかもしれない。

私は日本のコロナ対策論議のなかで、日本の一部の論者によって、スウェーデン方式がかなり理想化されて紹介され、そのためにスウェーデン方式が、明示的かつ暗示的に信頼できる規範とされて、議論に入り込んでいることがきわめて危険だと思った。それであれこれ、欧米の報道や数値データを紹介してきたのである。

今回のキャラハンの記事は、実は、彼女が以前書いた記事とは異なり、かなり現実を客観的に伝えている。前出のテグネル神話が頂点にあった昨年5月の記事から比べればもちろんのこと、かなり懐疑的になっていた同7月27日付の「スウェーデン:ロックダウンをしない国での自主的孤立」のときよりも、さらに確定した事実が多いからだろう。いまキャラハンが指摘しているスウェーデン当局のミスや錯誤は、これまでも指摘されてきたことばかりだが、ざっと見てみよう。

まず、国家疫学者アンデッシュ・テグネルが、いかに傲慢にふるまってきたかを、なるだけ客観的に振り返っている。スウェーデン当局は、若い人たちにゆっくりとコロナに感染させ、高齢者は隔離する方針を打ち出していた。そうすれば集団免疫も結果として達成されるとも示唆していた。しかし、周辺国や英国は最初は同じ戦略をとるかにみえたのに、いざ感染が広がると次々とロックダウンを始めた。

この点についてテグネルは昨年夏に「まるで世界は発狂したようだ」と露骨に軽蔑の念をあらわにした。それも記者会見の席で表明したのである。しかし、この暴言にキャラハンは驚かなかったという。「それ以前、初夏に取材をしたさい、テグネルは私に『腹に氷をもっとぶちこめ』(スウェーデン語の言い回しで「頭を冷やせ」くらいの意味か)と言ってやりたいと語って、他の国の路線変更を批判していたからだ」。

また、このときのインタビューで、テグネルはスウェーデン国民は政府がうるさく規制しなくとも、お互いの信頼に基づいて、コロナウイルスの拡散を阻止すると語っていたという。「しかし、今や、スウェーデンは自由放任的アプローチを変えてしまった。それまで独立性の高かった公衆衛生局を政府が仕切るようになり、ラッシュの時間に電車の乗客はマスクをするよう奨励され、酒場は午後10時にはアルコールをストップし、8人以上の人が集まることを禁じられている」。

さまざまな規制は英国などよりは穏やかだが、おそらく最も大きな変化は国民のパンデミックに対する受け止めかただとキャラハンはいう。「政府当局に対する信頼が大きく低下した。先月に行われた世論調査によれば、昨年4月に70%だったコロナ政策への支持率は、約50%にまで下落している。調査によってはもっと下がっているものもある」。いまだに日本の論者の一部には、スウェーデン方式というのは規制がきわめて緩いと思い込んでいる人がいる。最近も何の疑いもなく書いている例を見つけた。しかし、実際にはいくつかの観点から総合的に見れば、日本の規制よりもスウェーデンの規制のほうが厳しいのである。

スウェーデン当局による多くの規制強化は、それほど世界を驚かせなかったが、さすがにマスクを奨励したさいには、世界中のマスコミが「独自路線のスウェーデンもマスクを採用」と報じた。しかし、それでもスウェーデン政府当局は「変えた」と認めていないのである。たとえば、首相のロベーンは「それは基本において、まったく変わっていない」と表明しているし、国家疫学者のテグネルにいたっては、「あれは政治問題になってしまった」と述べて、相変わらず全面的に否定している。

「マスクは生命を救わないことが分かっている。逆に使い方を間違えれば命を失う。われわれは膨大な時間と手間をかけて議論した。……ヨーロッパのほとんどの国家はマスクをさせるようになっている。しかし、その国でもコロナ感染はやまない。これは壮大な実験だったわけだが、このことは、ちゃんと議論されていない」

しかし、テグネルの否定の根拠とされたマスクについての論文の72%は、マスクには(完全ではないにしても)効果があるというもので、残りの28%も完全に否定したものはない。このことを英国の研究者たちが暴露していることは、私がブログのほうで紹介しておいた。テグネルは他の国の衛生当局を見下しているようなところがあり、マスクを採用している衛生当局にはなんの独自性もないが、学校を閉鎖しないなどの処置は、あくまでスウェーデン起源で他国はすべて真似だと思っているという。

キャラハンが特に強調しているのが、昨年のコロナ死の半分は介護施設で起こったという厳然たる事実である。これは日本のスウェーデン・ファンは意図的に言わないようにする傾向があるのだが、医療施設での人工呼吸器や集中治療室にまだ余裕があったのに、介護施設の高齢者になんら処置を施さなかった。また、自由に生活していた若い介護ワーカたちが、介護施設にコロナウイルスを運んだために、群発的にクラスターが発生した。

さらに、スウェーデンには多くの移民がいるが(計算法によって違うが約24%は移民だといえる)、かれらが集住している地域でもクラスターが発生した。(とくに、シリアからの難民の集落では酷かったらしい)この移民問題についても、キャラハンはちゃんと触れている。ところが、当局は自分たちの管轄ではないとして責任を認めていないのである。こうしたことも、当然、スウェーデン・ファンは触れたがらないし、日本ではあまりに知られていない。

こうしてみてくると、テグネルを中心とするスウェーデンの公衆衛生当局の硬直性は、どのように論じようと、疑いないように思われる。したがって、キャラハンはもっと批判的であってよいはずなのに、どういうわけか躊躇しているのである。「この1年で世界ではコロナで240万人が亡くなった。そのなかでスウェーデンのコロナ政策が失敗したといえるだろうか? 調査委員会がすでに作業に入っており、何らかの答えを出すことになっている。しかし、いまのところワクチン計画に気をとられて、国民は最終的な判断にはあまり関心がないのだ」。

おそらく、スウェーデン当局はこの「最終的な判断」を下すことはないだろう。それはまさに政治問題であり、本気で追及してしまえば、いまの社会民主党政権も危うくなるからである。しかし、それをジャーナリズムが回避しているというのは、そのための判断材料がまだないためなのだろうか。それとも、そもそも判断する気がないためなのか。キャラハンにその判断を求める気はないが、スウェーデン当局はあまりにも自国の例外主義(エクセブショニズム;自分たちは例外だとして優位性を主張する傾向)にこだわったことはたしかでである。

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