コロナ恐慌からの脱出(48)クラッシュが起こる条件はそろった

2月11日、アメリカの株価が下落した。さらに、17日には622ドルと今年最大の下げ幅を記録した。インフレ率が年率7.5%に達したのに加えて、米政府はロシア軍のウクライナ侵攻が迫っていると警告を発した。これで株価が下がらないほうが不思議だ。しかし、アメリカの金融市場にとって問題なのは、今週(2月14日)以降の動きだろう。もし、バブルを続けた株式市場に転機が来るとすれば、それは今なのではないのか。

英経済誌ジ・エコノミストは2月12日号に「もし、金融市場がクラッシュしたら、何が起こることになるのか」との、思わせぶりなタイトルの社説を載せていた。この数年、ニューヨーク株式市場が下落を繰り返したが、そのたびごとに同誌は分析をしつつも、それがクラッシュにまで至るとは予測しなかった。それが今回は、敢えて「クラッシュが起こったら」という問題提起をしているところに、状況の深刻さがあるといってよい。

同誌は冒頭に金融恐慌研究の古典を残したチャールズ・キンドルバーガーの言葉を引用している。「歴史はそのつどのものだ。しかし、経済には共通性がある」。しかし、ジ・エコノミストはなおも、今回の状況はそのつどのものだという。「今日のアメリカの金融システムは、かつてクラッシュを起こした2001年、2008年のときとは違う」。それでは、どこが違うというのだろうか。まずは同誌の指摘を追いかけてみよう。

まず、何よりも大きいのは「いまの資本ルールが銀行システムのリスクから切り離されたことだ」という。金融のデジタル化が進んでコンピューターにより多くの判断をさせるようになった。また、それが新しい資産運用のプラットフォームを生み出し、取引の費用をほとんどゼロにまで低くした。

株式市場はもはや年金ファンドに支配されることはなくなり、いまや、自動化された売買ファンドや、簡便な新しいアプリを使うデイトレーダーたちが動かしている。資金を借りている投資家たちは、銀行と同じようにファンドを利用することができる。また、資金は「ブラックロック」などに代表されるアセットマネージャーを通じ、国境を越えて運用されている。市場操作のスピードは首をへし折るほどの速さになり、取引額でみて10年前の約3.8倍に達している。

こうした変化は、金融取引で生まれるリスクを、低減するのに成功していると同誌はいう。たとえば、2008年から翌年にかけてのクラッシュは、銀行がひろく一般人から集めた預金を巨大な損失にさらすことになり、政府が介入してその損失を補償しなければならなかった。いまや銀行は金融の中心から退き、リスクを引き受けるのは株主に支えられたファンドや長期投資機関によって行われ、生まれた損失は吸収しやすいものとなった。

同誌が指摘するプラスの側面はここまでで、そうした新しい金融システムであっても、危険(デンジャー)はついて回ることを認めている。そして、現在の危険には2種類あるという。「第1が、シャドウバンクや投資ファンドには隠れているレヴァレッジが存在する」。たとえば、昨年、世界の金融界に衝撃を与えたアルケゴスという「ファミリー・インベストメント・オフィス」などの場合、運用状況を公表することなく営業を続け、周囲が気がついたときには100億ドルの損失が生まれていたという事件があった。

第2の危険は、「新しい金融システムは、デセントラライズ(非中央化)されている」にもかかわらず、「変動の大きないくつかの取引のノッド(系列)に、実は、経路が集中している」ので、いったん過熱して破綻すると損失が意外に巨大なものになってしまう。たとえば、昨年1月に問題が発覚した「ゲーム・ストップ」の株式などは、多くのデイトレーダーが「ロビンフッド」という同じアプリに集中していて、問題が大きくなったわけである。

もうひとつの大きな問題は、投資でのリスクというのは、大勢のデイトレーダーやファンド・マネージャーだけのことかと思っていると、意外に、一般の人にも波及することが多くなったことだという。というのも、いまやアメリカの家計の53%が株式を保持しており、1992年には37%だったことを考えると、投資は急速に一般化したといってよい。「今回のパンデミックが始まったとき、FRBが「最終的な市場の形成者」として3兆ドルを用意したのも、こうした投資の驚くべき普及を考慮したものだった。(1929年にクラッシュが起こったとき、株式投資をしている人は数%の人に過ぎなかった)。

この社説は「金融システムはベアスターンズやリーマンブラザーズが破綻した2008年のときよりずっとよくなっていることは間違いない。ただし、ミスのないようにしたとしても、厳しいテストはこれからだ」と締めくくっている。最後の言葉には同意するが、冒頭のキンドルバーガーの言葉は、いまも生きていると考えるべきだろう。この社説を書いた人は若い人らしく、いまの金融技術の新しさを指摘して、経済も時代を超えた共通性よりも、そのときどきの状況を重視すべきだと考えているようだ。

しかし、金融システムが何を取り扱って何に失敗するのかという点においては、ほとんどオランダのチューリップ・バブルの時代と違いはない。つまり、金融システムは人間の投資行為を円滑にしようとするが、リスクを広範囲に分散するのに失敗してきたのだ。しかも、いまはリスクを分散するのに、まさに一般の人にもあれこれ言いくるめて、あるいはほとんど強制的に、リスクの一部を押し付けている。金融テクノロジーの見かけの合理性は、その動機の非合理性によって、常に破綻するのである。

追記:この記事は2月13日投稿したものの改定版。すでに述べたように、ニューヨークのダウは622ドルの下落を見せ、バイデン大統領は「数日後にロシア軍がウクライナ侵攻を始める可能性ある」と警告を発した。これまでの歴史的例からみて、バブル崩壊に向かう危険性はこれまでになく大きくなったといってよい。

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