コロナ恐慌からの脱出(30)ロビンフッドが崩壊の先駆けとなるか

まだ終わったわけではないが、今回のゲームストップ現象を振り返ってみれば、関与しているそれぞれの分野の人々が、自分が儲けられるときには問題があっても黙っていたが、それが暴走してしまったので、あわてて「わたしが悪いんじゃない」と言って、責任を転嫁し合っているという構図の、よくある話である。

ロビンフッドという、アプリを提供して株式取引やデリバティブ取引を介在している「ネット証券」が注目された。しかし、どうも今回のような事態は予想していなかったようで、報道を信じれば、いっぽうでは取引を突然中止されたデイトレーダーが大損して泣いているし、他方ではロビンフッドは借金まみれといった状態にはまりつつある。

しかし、1年くらい前までこのロビンフッドを遡ってみてみれば、いたるところに問題はバラまかれ降り積もっていた。コロナ禍のなかのウォール街の異常なバブルのなかで、規制を先送りにしてきたら、もうどうしようもない巨大なだけの、脆弱な化け物になっていたというとことなのではないか。

英経済誌ジ・エコノミスト2月1日付の「いかにしてゲームストップ英雄譚がロビンフッドを震え上がらせているのか」という、若干、子供用聖書物語的なタイトルのリポートは、すべてが終わったような雰囲気でかかれてある。もちろん、ロビンフッド・アプリでゲームストップに投資したはずなのに、借金をかかえたデイトレーダーたちはこのままでは引けないと思っているかもしれない。しかし、議会が本腰をあげて規制に乗り出しそうで、そうなればかつてのような野放図なアプリ投資もやりにくくなるだろう。

さて、このシニックな経済誌は2つの結果を客観的に予想している。まずひとつが、「ロビンフッドはそのユーザーのほとんどを失ってしまうかもしれない」ということである。「有名なサブサイトの急激な増加から生まれたロビンフッド自身の劇的な膨張を、うまく解決することができなかった」。そもそも、ロビンフッドを創業したときに、同CEOのウラジミール・テネフはこれほどのスピードと規模を考えていなかったのだ(写真:The Economistより)。

つぎにふたつ目だが、「ロビンフッドのアプリを通じての売買に対して、いったいどのように利益の支払いが行われていたのか、この点についてはSECも、議会の議員たちも、関心を高めている」ことだ。それは企業であるかぎり、ちゃんとした記録が残っていそうなものだが、ロビンフッドというところはテネフが何でも決めていたらしく、これから経営状態を調べるとしても難航が予想されているという。

今回のゲームストップ報道では「ダビデ対ゴリアテ」ともてはやされた。旧約聖書に出てくる、後に王になるダビデが巨人ゴリアテを倒す物語で、まだ小さな者が知恵と勇気によって獰猛で大きな存在を倒すことの喩えとして持ち出される話だ。おそらく、神など信じていない欧米ジャーナリストたちでも、ダビデ対ゴリアテと書きたくなるのは、やはりキリスト教を基盤とした文明圏だからなんだろう。

私は「ダビデはひとりで戦ったのだから、ちょっと違うのじゃないか」と思ったが、ジ・エコノミストは「物語に喩えていえば、ロビンフッドがゲームストップ株の売買を停止したのは、ただの裏切り物語以外のなにものでもない。ゲームストップのドラマは、ロビンフッドはかつてネット小口投資でたっぷり稼いだが、いまは存続の危機に瀕しているという話を提供している」。

以前からロビンフッドは当局から目をつけられていた例として、ジ・エコノミストが挙げているのは、昨年の11月17日にSECがロビンフッドがユーザーの株売買で生じた取引をちゃんと報告していないとして処分したケースだった。このときロビンフッドは罰金として6500万ドルを払っている。

それ以前にもトラブルは多く、日本でも昨年、メールマガジン「現代ビジネス」2020年8月19日号でジャーナリストの小林雅一氏が「米国の異常な株高を支える投資アプリ『ロビンフッド』の危険なカラクリ」をリポートしている。小林氏は「ゲーム感覚で株の売買ができる同アプリは、現在の異常な株高の光と影をくっきりと映し出している」と述べつつ、このアプリによって「損失で首が回らなくなる若者が続出」していることを指摘している。これも小林氏の、あいかわらず先駆的な、警告だったといわざるをえない(図版:日本経済新聞より)。

しかし、こうしてゲームストップやロビンフッドについて書いていても、かならずしも新しい事件とは思えないのは、株式バブルというのが、注目される事件は表向きは異なっているように見えても、本質的には似通っているからだ。大恐慌に衝撃を受けて経済学者にのちなったジョン・ガルブレイスは、新社会主義を提唱するなどいろいろ問題もある経済学者だったが、バブルについては常に正鵠を射ていた。

そのガルブレイスが述べたのは「お金にレヴァレッジをかけるようになり、『金融の天才』が何人も現れるようになったら、そのときは間違いなくバブルである」ということだった。いまやコロナ禍ということもあってか、ニューヨークの異常な株価を「根拠がある」とか「バブルとはいえない」とかいう評論家や経済学者が多くなった。もう、こうなったら間違いなくバブルも末期であり、そして次はクラッシュが来るのが、これまでの例からいって物語としての流れである。

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