コロナ恐慌からの脱出(24)下落するトランプとアメリカの評判

アメリカのトランプ大統領は、11月の大統領選をひかえて、ほとんど博打的といってよいような奇策を次々と打ち出している。たとえば、トランプは「11月からアメリカでは新型コロナワクチンの接種が可能になる」と言い出して驚かした。つまり、大統領選前にはコロナ問題は終わるというわけだ。

これに対しては大手製薬会社9社が、ワクチン開発は「政治的ではなく科学的に進める」と共同宣言して政治的圧力を批判した。開発競争でトップを走るアストラゼネカ社などは、第3段階の治験を一時的にストップしてまで牽制している。ところが、トランプは9月15日にも「4週間以内にコロナワクチンを準備できる」と発言して再び注目を集める。

そんななか、まさにこの9月15日に、ボブ・ウッドワードの『レイジ(怒り)』が刊行された。すでに、その内容は世界的に報道されていて、いまさら紹介するまでもないが、ウッドワードによれば、トランプは新型コロナウイルスが「致命的な病気」を引き起こすことを知っていて、国民に対しては「普通のインフルエンザ並み」とか「4月になれば消えてしまう」などと楽観的な見通しを意図的に語っていたというのである。

この『レイジ』は全部で480ページ、46章もある大部なもので、数百人に取材し、トランプだけで17回インタビューして、そのうち16回は録音を許可されたそうで、肝心のトランプ発言は、ワシントンポスト電子版で実際に聞くことができる。その概要は「どうすればコロナ対策に『失敗』できるか」で紹介しているが、読めば読むほど「なぜ、こんな内容をウッドワードが発表するのを許可したのか」という疑問が生まれる。

ウッドワードによれば、もう1月下旬の段階で補佐官から「あなたが大統領になってから最大の脅威になりうる」と警告され、副補佐官からは「1918年のスペイン風邪に近い」とも言われて、トランプは「こいつは致命的になる」と理解していた。にもかかわらず、国民に楽観的なことを述べたのは「パニックを起こしたくなかったからだ」と答えている。

この部分のやり取りだけを読めば、それなりに理屈は通っているようにも思えるが、トランプは楽観的な発言をするいっぽうで、専門家を蚊帳の外において、ポリティカルアポインティー(政治的指名)で任命した部署の人間たちと政策を決定していた。しかも、連邦政府の力をもってすれば、医療備品や医療専門家を大量に供給できたのに、ほとんどの対応を州に押し付けていたとウッドワードは批判している。

こうした多くの事実が暴露されれば、当然、大統領選挙には不利になると思うのだが、「フェイク」と「リアル」が混在するトランプのアメリカにおいては、必ずしもそうならないとトランプは考えているのかもしれない。

少なくともトランプの頭のなかでは、逆に、ウッドワードの本は「フェイク」であり「ディープ・ステイト」の邪悪なプロパガンダと見なされる可能性がある。それは前回のヒラリーとの戦いでも同じことだったではないか。それなら、イチかバチか勝負に出たほうがいいとトランプは思ったのかもしれない。そうとでも考えなければ、ウッドワードの取材に応じ、テープの公開まで認めてしまっている理由が分からないのである。

もちろん、こうしたトランプのアメリカを外から眺めれば、もうアメリカはトランプという災害と、コロナウイルスという病原菌に根っこまで腐らせられた国としか思えなくなる。友好国によるこの国への信頼とか、トランプという人間に対する評価などは、下落しているに決まっているだろう。しかし、それはどれくらいだろうか? そして、国によってその程度はどう違うのか。

ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙電子版9月15日付の「アメリカの評判は下落している」という記事は、こんなことを真面目に真正面から取り上げている。アメリカの友好国13カ国における世論調査を紹介しながら、いかにいまのアメリカが評判の悪い大国になってしまったかを、コロナ問題を中心に分析しているわけである。

とはいっても、もともとのデータはアメリカの世論調査会社ピューなのだから、恒例のイベントといってもよいものだが、今回ばかりはアメリカ人もかなり意気消沈するかもしれない。もちろん、まだ約40%いるとされるトランプ支持のアメリカ人は、たんなるフェイク調査機関のデータに基づいた、ディープ・ステイトの陰謀で生まれた、フェイク・ニュースに過ぎないと考えるかもしれない。

フランクフルター紙が注目しているのは、13カ国の平均でみれば悲惨な結果となっているものの、そのなかには意外に評価が高い国があることである。あらゆる分野で最近のアメリカの評価は下落しているが(図1)、それでも40%前後を維持している。また分野別では、コロナ対策について見たとき、意外にアメリカのコロナ対策を評価している国もあることだ。

想像がついた人もいるだろうが、それはスペインである。アメリカのコロナ対策について、平均は15%のところ、この国は20%が肯定的に評価している。その理由は簡単でスペインはアメリカ以上の失敗をしているからと推測できる。せっかくロックダウンしても解除が早すぎればどうなるかを、この2国は示してくれたが、より悲惨なのがどちらかといえば、スペインと言わざるをえない(図2)。

もうひとつ、世界のリーダーとしての評価において、意外にも他の国よりトランプを高く評価したのが日本だった。これは平均が16%のとき、日本は25%もの人が評価しているわけで、異常値とはいわないまでもかなり高い(図3)。理由については、フランクフルター紙は述べていないが、おそらく中国の脅威のなかで、トランプの反中国は好ましく思えること、また、これまで親トランプ路線を続けてきた、安倍外交の国民への影響もあるだろう。

比較すると興味深いのは、コロナ対策と世界のリーダーについての中国と習近平の評価である。コロナ対策は、自分の国だけ早々とロックダウンで、解決したかに見える中国は評価も高い(図4)。しかし、習近平に対してはコロナ対策ほどの支持は集まっていない(図5)。とくに、日本についてみると平均19%なのに9%しかない。他の国々とくらべてもかなり低い。これは米中経済戦争のなかでのスタンスをはかっているのかもしれない。まあ、それはそうだろう。

英紙ザ・タイムズ9月17日付によると、トランプ支持の若いグループが、10代の子供たちに小遣いを与えて、ソーシャルメディアにトランプに有利な偽情報を流させているという。たとえば、「コロナウイルスは意図的に増やされている」とか、トランプの主張には懐疑的な公的医療機関のトップの名前を挙げて、「こいつは信用できない」とかの書き込みをさせるわけである。これもトランプ劣勢の事態を反映している(図6:ザ・タイムズによる)情けない断末魔というしかない。

もちろん、これがトランプによる指示だというわけではないが、ここまでくると米大統領選挙もひどくなったと思わざるをえない。この世がフェイク情報に満たされていることは、いま明らかになったわけではない。しかし、フェイクの情報を流すことが「おたがいさま」なのだという共通認識となって、何の痛痒も感じることなく若者や10代の子供たちに、小遣い稼ぎをさせている超大国というのは、憤りを超えてもはや悲しみを感じさせる光景ではある。

●こちらもご覧ください

日本経済27・8%の下落!;奇説に飛びつくより現実を直視するのが先だ
新型コロナの第2波に備える(1)スペイン風邪の「前流行」と「後流行」
新型コロナの第2波に備える(2)誰を優先治療するかという「トリアージ」の難問
新型コロナの第2波に備える(3)ワクチンを制する者がポスト・コロナ世界を制する
新型コロナの第2波に備える(4)ロシア製ワクチンはスパイ行為の賜物?
新型コロナ対策でスウェーデンが失敗らしい;生命至上主義を批判しつつスウェーデン方式を推奨した人たちの奇妙さ
スウェーデンは経済も悲惨らしい;この国を根拠とするコロナ論は破綻した
いまスウェーデン方式を推奨する人の不思議;テグネルは「政治家」であることをお忘れなく

コロナ恐慌からの脱出(1)いまこそパニックの歴史に目を向けよう
コロナ恐慌からの脱出(2)日本のバブル崩壊を振り返る
コロナ恐慌からの脱出(3)これまでの不況と何が違うのか
コロナ恐慌からの脱出(4)パンデミックと戦争がもたらしたもの
コロナ恐慌からの脱出(5)ケインズ経済学の皮肉な運命
コロナ恐慌からの脱出(6)世界金融危機とバーナンキの苦闘
コロナ恐慌からの脱出(7)「失われた30年」の苦い教訓
コロナ恐慌からの脱出(8)ルーズベルトの「未知との遭遇」
コロナ恐慌からの脱出(9)巨大な財政支出だけでは元に戻らない
コロナ恐慌からの脱出(10)どの国が何時どこから先に回復するか
コロナ恐慌からの脱出(11)高橋是清財政への誤解と神話
コロナ恐慌からの脱出(12)グローバリゼーションは終焉するか
コロナ恐慌からの脱出(13)日米の株高は経済復活を意味していない
コロナ恐慌からの脱出(14)巨額の財政出動を断行する根拠は何か
コロナ恐慌からの脱出(15)米国ではバブルの「第2波」が生じている
コロナ恐慌からの脱出(16)家計の消費はいつ立ち上がるのか
コロナ恐慌からの脱出(17)死亡率の上昇は経済回復を遅らせる
コロナ恐慌からの脱出(18)中国のGDP3.2%増が喜ばれない理由
コロナ恐慌からの脱出(19)米証券市場の3局面をR・シラーが分析する
コロナ恐慌からの脱出(20)米中コロナ・ワクチン戦争の行方
コロナ恐慌からの脱出(21)コロナ・ワクチン完成がバブル崩壊の引き金だ
コロナ恐慌からの脱出(22)FRBのパウエル議長はインフレを招く気なのか
コロナ恐慌からの脱出(23)ハイテク株の下落は市場全体への警告
コロナ恐慌からの脱出(24)下落するトランプとアメリカの評判
コロナ恐慌からの脱出(25)今回のハイテクバブルの「遺産」とは何か
今のバブルはいつ崩壊するか(1)犯人は「欲望」だけではない
今のバブルはいつ崩壊するか(2)はじけて初めてバブルとわかるという嘘
今のバブルはいつ崩壊するか(3)崩壊させるショックとは何か
今のバブルはいつ崩壊するか(4)先行指標をみれば破裂時期が分かる?
今のバブルはいつ崩壊するか(5)的中したリーマンショックの予言
今のバブルはいつ崩壊するか(6)危うい世界経済を診断する
今のバブルはいつ崩壊するか(7)幻想を産み出し破裂させる「物語」
今のバブルはいつ崩壊するか(8)戦争の脅威は株価を暴落させる
今のバブルはいつ崩壊するか(9)パニックとパンデミック[増補版]
今のバブルはいつ崩壊するか(10)米中からのコンテイジョン(伝染)
今のバブルはいつ崩壊するか(11)パニックへの加速モーメント
今のバブルはいつ崩壊するか(12)R・シラーが新型コロナの衝撃を予言する
今のバブルはいつ崩壊するか(13)債務をどう除去するかが決定的
今のバブルはいつ崩壊するか(14)まず不良債権の居座りを阻止せよ
今のバブルはいつ崩壊するか(15)現在の米国・中国の不良債権を検証する
今のバブルはいつ崩壊するか(16)顕在化する債務と収縮する経済
日本には供給が遅れるって本当?;コロナ・ワクチンをめぐる地政学
ポスト・コロナ社会はどうなる(1)仕事と娯楽の「あり方」は大きく変わらない
ポスト・コロナ社会はどうなる(2)テレワークのデータを見直す
ポスト・コロナ社会はどうなる(3)世界を「戦後」経済がまっている
ポスト・コロナ社会はどうなる(4)貿易も安心もなかなか元に戻らない
ポスト・コロナ社会はどうなる(5)封じ込めの「空気」がオーバーシュートするとき
流言蜚語が「歴史」をつくる;いま情報には冷たく接してちょうどいい
複合エピデミックには間口の広い戦略が有効だ;新型コロナとバブル崩壊との闘い
流言蜚語が「歴史」をつくる;いま情報には冷たく接してちょうどいい
複合エピデミックには間口の広い戦略が有効だ;新型コロナとバブル崩壊との闘い

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください