コロナ恐慌からの脱出(25)今回のハイテク株崩壊の「遺産」とは何か

いよいよニューヨーク証券取引所でのハイテク株が、バブルの最後の局面を迎えているように見える。もちろん、ハイテクバブルもコロナ禍のほうも、断末魔のトランプの悪戯としか思えないような政策によって、市場もどう動くか分からないが、いずれにせよハイテク株に乗っておけばよいという状態ではなくなっている。

しかし、ここらで振り返っておきたいのは、今度のハイテク株の上昇というのは、いったいどのような「根拠」を持っていたかということだ。情報通信技術やAIなどのハイテクノロジーに淵源を持つことは分かっていても、それらを正確に反映したわけではない。また、この数カ月の急伸が、コロナ禍やトランプ政権の政策を前提としていたことは明らかでも、それをどの程度織り込んだものなのかは、よく判別がつかない。

例によって歴史を振り返ってみようかと考えていたところ、英経済紙ジ・エコノミスト9月19日号が「いまのハイテクブームは、ドットコム時代とどう違うのか」という、短いがなかなか力の入っている記事を載せている。「ハイテク株は1990年代の厳しい時期を再現しつつある。しかし、生産性においては大きく異なる」というわけだ。

もう2000年に始まるITバブルの崩壊が20年も前の話になったので、ITバブルはひどかったなどといっても、ピンとくる人は多くなくなってしまった。しかも、その後のハイテクの復活と進展を知っているので、あれはエンロンとかワールドコムの犯罪事件だったと思い込んでいる人もいるだろう。しかし、もしそれでもなお、ハイテク株バブルとして比較しておくことは有効だと思われる。

まず、同記事が指摘しているのが1990年代と今回のハイテクバブルの共通性についてだが、「両方とも新しいマネーの市場流入によって維持された」。それは当たり前だが、もう少し先を読んでみよう。1990年代は、株式手数料のディスカウントやオンライン通販への期待などで、投資の素人さんたちのマネーを市場に呼び込んだ。それに対して今回は、短時間取引やデリバティブが新しい役割を担っている。

また、1990年代は性能のいいコンピューター、魅力的なソフトウェア、そしてインタネットに基づくニューエコノミーが、荒れ狂う牡牛のような株式市場で生まれる株高を本当らしくみせた。今回は、クラウド・コンピューティング、AI、ブロックチェーンなどが潜在力をもっていると思わせているという。

さて、では違うところはどこだろうか。1990年代はIT革命が進展しているなかで、労働生産性が急激に上昇していった。ノーベル経済学賞受賞者ロバート・ソローは「いたるところがコンピューターが見られるようになったが、労働生産性の上昇だけはどこにもない」と言っていたが、この時期にはそれが見られるようになった。労働生産性上昇率が1973~1995年は年率0.5%に落ちていたのに、1995~2004年には2.0%に上昇した。

そのいっぽう、今回のハイテクによる労働生産性の伸びは微々たるものに見える。全要素生産性で比べると、2004~2019年は年率0.3%であり、2010年代だけをとると、わずか0.1%の伸びでしかなくなる。これはほとんど生産性の伸び率がなかったといってもよい。

1990年代は強い労働生産性の伸びを背景にして、労働者の給与をあげながら企業利益率もさげずにすんだ。しかし、2010年代には、GDPの伸びは1990年代に比べてよかったのに、企業利益率はずるずると下がってしまっている。1990年代にコンピューター分野への投資や開発費はGDPの1.5%にまで上昇したが、2010年代には0.7%に後退している。

そこで、同記事による1990年代のハイテク投資についての評価だが、ITバブル崩壊によって当時の投資環境は崩壊したが、ブームによってハイテクのインフラが形成されたことは注目すべきだという。まあ、そうだろう。「ドットコム企業の多くは姿を消したが、このブームの間に築かれたインフラは残ったのである」。こう述べて、かつてのITバブル崩壊のさいに、ドットコム企業の廃墟を嘆いた当時の同誌記事をチクリと刺している。

では、今回のまだ生まれていない廃墟あるいは遺産をどのように見るべきだろうか。その問いに対する同記事の答えは、やや楽観的といえるかもしれない。つまり、前回と同様に将来もまた、激しい投資へのエネルギーがやはり必要だったと思える日が来るというのである。しかも、「コロナ禍によってビジネスへの制約がかかっていたが、それがこんどはテクノロジー主導のリストラクチャリングに弾みをつけるかもしれない」。

これまでのアメリカにおけるハイテク産業のダイナミズムが、これからも昔と同じように続くとすれば、この記者のいうことも妥当性があるかもしれない。そして、次の勝者はコロナ禍によって得たテクノロジーを、平常に戻ったビジネスに応用できることができた起業家なのかもしれない。しかし、今回のハイテク株のバブルは、コロナ禍が来るまえから疑問視されていたものだった。すでに高い株価が、バブル崩壊の予兆を見せたところに、コロナ禍がやってきた。

そのとき市場をマネーであふれさせたのがトランプとFRBだった。これは当然の対応とはいえ、崩壊すべきバブルを蘇らせてしまった。このような蘇りバブルはほとんど前例がない。この短いレポートには残念ながらそうした側面への言及が少ない気がする。とはいえ、バブル崩壊の先の未来を本当に展望するには、バブル崩壊そのものを経験しなくてはならない。その時期がもう遠くないことは、トランプ政権の断末魔からも予測できるだろう。

バブルが崩壊しても「遺産」が残るといっていられるのは、その経済が十分な強さを持っている場合であって、どこかの国のように巨大なバブルひとつを崩壊させただけで、以降30年ほども低迷を続ける場合もある。しかも、それがまだ将来が見えないという体たらくである。しかし、これも世界史においては唯一の例などではない。もはや回復不可能になったところでも、むしろ衰退を加速させてビジネスの種子を見つけていくのが、これまでの無慈悲な資本主義の歴史だった。巨大なバブルの崩壊は、経済のみならずその国の社会や文化まで、みじめに衰退させることがあることも忘れるべきではないだろう。

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