コロナ恐慌からの脱出(31)群衆の知恵から群集心理に転落したゲームストップ現象

ウォール街はすでにゲームストップ騒動のことなど過去のものとして、次のステージに移っている気配である。とはいえ、かすかに見え始めた近未来の悲惨な光景も気になるらしく、ウォールストリート紙2月8日付は「ゲームストップ、レディット、そして『群衆の知恵』」を掲載して、投資における集団が生み出す栄光と悲惨をレポートしている。

まず、栄光のほうは、ビッグテックの株価が急伸することを、そのデータが発表される前に多くの投資家が予想していたことで、3か月のアップルのリターン20%、マイクロソフト12%は、「それらの上昇分のほとんどを、決算が発表になるかなり前から、すでに織り込みずみだった」という。

このリポートが経済紙としてちょっと違うのは、悲惨のほうにも言及していることで、ゲームストップ株の急騰と暴落の嵐についても述べていることである。「ウォール街では『群衆の知恵』が実証されることが多いが、うまく働かないと思われることもある。最近ではゲームストップ株で、赤字企業だったのに時価総額は230憶ドル(約2兆4300億円)にまで拡大してしまった」。

そもそも、アプリ「ロビンフッド」によって売買が加速したゲームストップ株の動きを見れば、この現象は「群衆の知恵」というよりは、ウォール街に巣食う欲望に翻弄された「群集心理」といったほうがいいものだが、ウォールストリート紙は、まだ「群衆の知恵」にこだわっている。そこでいちおうの引導を渡しているのが、ジョンズ・ホプキンス大学のスティーブ・ハンケ教授である。

応用経済数学とインフレが専門の経済学者であるハンケによれば、群衆の知恵に依存する問題は、人間が平均値に依存してしまう性向に起因している。群衆は予測の幅を広くも狭くもすることができるが、いまのように群衆が資金を手にしている場合にはそれが広くなってしまいがちなのだという。狭いときには投資家たちはそれを利用しやすいが、広くなると逆に足元を掬われてしまう。「金融資産を持つ人が集団になると、分布範囲を広げるので、群衆の知恵は通用しない」。

なんだか、分かったような分からないような話だが、まず、「群衆の知恵」といわれる現象から思い出してみよう。2004年ころに刊行された『「みんなの意見」は案外正しい』が取り上げている現象は、牛の品評会で大勢の人たちが推定する牛の重さが、平均値をとるとほとんど正解に近くなるというものだ(上図:WSJ.comより)。

また、ビー玉をたくさんビンに入れて、何個あるか子供たちに当てさせる場合でも、平均値をとるとけっこう近くなるということが起こる。他にも船が沈んでいる位置を大勢に言わせて、その平均値をとると、これまた正確な位置を示すので、ここには「群衆の知恵」が存在し、これまで言われてきた悪しき「群集心理」論者は認識を改めるべきだというのである。

この現象は偶然の場合もあるが、しかし、だいたいの理由が数学的にも推定されている。「集団誤差=平均的個人誤差-分散値」というこの簡単な式で、かなりの部分の「群集の知恵」は、いちおうの説明がつく。集団誤差というのが正しい数値と群衆が推測した数値の平均との差。平均的個人誤差というのが1人ひとりの誤差の平均値。そして、分散値というのが推定した人たちのバラツキを示す数値で、例の「偏差値」の元になるものである。

これでみればざっといって、集団誤差を下げるのは、つまり正解に近づくには、平均的個人誤差を小さくするか、分散値が大きくなればいい。ハンケが言っているのはおそらく平均的個人誤差のことで、思わぬ資金を手にして気持ちの大きくなった小口投資家が大胆な予測をするようになれば、平均的個人誤差が大きくなるから集団誤差は大きくなる。また、さまざまな傾向の人が投資に参加して分散値を大きくすれば、集団誤差を低下させることにつながる。

もちろん、こうした数式による判断というのは、さまざまな条件を切って捨てているわけだから、いつも信用できないのだが、あえてゲームストップ現象に当てはめてみよう。すでに述べたように、ハンケがいう平均値への依存は平均的個人誤差を大きくしたことが分かるが、もうひとつ、レビットのサブサイトで小口投資家たちが情報交換することで、バリエーションというものがなくなり、分散値は下落したという側面もあったわけである。

ここまで読んできて、さきほどの式では最初から「正解」があることになっているじゃないかと思った人もおられるだろう。そのとおりで、この式は結果が分かっている時点で、何が起こったかを知ることはできても、正しい判断をあらかじめ与えてくれるものではない。では、まだ結果がでない状態で「正解」を前提とする場合は、何がその代替の数値となるのだろうか。それは株の専門家つまり知識と情報をもっているプロたちの判断である。

素人の人たちは株式について本格的な知識も情報もない。そこで彼らの判断というのは根拠というものはないに等しいので、かなりバラバラな判断を下すことになる。このバラバラの判断が専門家の判断からどれくらい離れているか、それらのプラスとマイナスの数値を合計すると、バラバラであればあるほどゼロに近づく。結局、全体での投資動向というのは専門家であるプロたちの予測に引っ張られることになる。

ところが、素人たちがネット上で特定の傾向に染まってしまうと、こうしたバラバラの状態がなくなり、ある方向に傾斜してしまう。また、プロのほうも本来は知識と情報で判断しているのに、市場に大きな動きが生まれると、ケインズのいう「美人投票」(本当に美人と思う人ではなく、多くの人が美人を思っている人に投票してしまう)の傾向が高まる。

これは言い換えれば、せっかく分散値が大きかった小口投資家が、情報を共通のものとすることで群集心理に落ちていき、いわば「大衆化」してしまったのである。そしてまた、プロ達も同じように他の人の傾向に従うという群集心理にはまった。つまり、「専門家」という大衆になったわけで、大衆が形成する市場というものがいかに愚行に陥るかをしめしている。「俺はハイテクノロジーを駆使して時代の最先端にいる」という意識こそ、典型的な大衆人のメンタリティというほかない。

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