コロナ恐慌からの脱出(43)なぜFRBパウエル議長は緩和策をやめるのか
アメリカの中央銀行にあたるFRBの政策決定機関FOMCは、11月3日にこれまでの量的緩和政策を方向転換して、財務省証券(米国債)や住宅ローン担保証券(MBS)の買い上げを縮小すると決定した。パウエルFRB議長は「いまは利上げをする時期ではない」と述べて、当面、政策金利には手をつけない姿勢を示し、日本ではそれほど注目されなかったが、金融政策そのものが変わったことは間違いない。(その経緯については「FRBが緩和政策を転換した!;まずは証券買上げを縮小へ、次は利上げか」を参照のこと)
しかし、第3四半期の消費者物価上昇率が5.4%と、インフレ目標値の2.0%よりずっと高いとはいえ、いまはコロナ禍の回復期であることを考えれば、慌てて政策変更する必要があったのかとの疑問も少なくない。たとえば、アメリカの人気経済学者クルーグマンは現状について「いまのインフレはまったく極端な現象で、広い範囲におよぶインフレ圧力ではなく、一時的なボトルネックにすぎない」と述べている。
前年度との比較グラフ。大きいものが今回のインフレ
クルーグマンはバイデン政権の巨額の財政支出も、今年末には効果を失う危険があると指摘してきたから、この時点でのFRBの転換に疑義を呈するのは分かる。しかし、彼のように民主党左派でインフレ是認派でなくとも、1970年代の12%台ものインフレが起こっているわけではないのだから、ゆっくり考えてもよかったと思う人は、日本でも多いにちがいない。
こうした疑問に、独自の答えを提示しているのが、英経済誌ジ・エコノミスト11月6日号の「いくつかの品目がアメリカのインフレを加速している」という記事だ。もっとも、タイトルの肩に「中古車の謎」と付し、惹句が「われわれの新しい手法は今のインフレは低くなることを示している。ただし、FRBが警戒を休めるほどではない」というのだから、だいたいのスタンスは分かるだろう。
右下のグラフがジ・エコノミストの「ウルル」によるバイアス
同誌はこれまでのインフレ予想の手法ではなく、独自の手法「ウルル」(変な名前だが、理由は後述)によって、なぜFRBが11月に量的緩和縮小を始めて来年の6月までに同政策を終わらせ、しかも、利上げについても言及しなければならないのかを、FRB周辺とは異なるやり方で示したというわけである。結論を最初にいってしまうと、いまの2021年インフレは年4.4%であるのに対し、これから向こう1年間のインフレ予想は4.1%だというわけである。これが前出の惹句の根拠つまりFRBが政策変更を急いだ理由ということになる。
さて、同誌が展開している細かい統計学的な話をしても、たいくつに思う人が多いと思うので、ざっと説明してしまおう。使っている手法はそれほど特異なものではなく、例の受験生におなじみの「標準偏差値」を使ったもので、ただし、異常値(外れ値)の範囲をダラス連銀が採用している方法より精密にし、手堅く計算しようとすると、さまざまな品目の調整値が、ちょうとオーストラリアの砂漠にある、エアーズロック(現地名「ウルル」)に近くなるというわけである(上図)。(これも細かいことなので、先を読んでいただきたい)
2021年のインフレ予想値は4.4%。これから1年間は4.1%との予想
大雑把な話でいうと、住宅の価格というのは、インフレ上昇への「貢献度」からいえば順位がそれほど高くないが、経済全体への「波及度」が大きいからマイナスのバイアスをあまりかけない。それに対して、中古車の価格がいま急騰しているが、これはかなり一時的と思われるのでマイナスのバイアスを大きくかけるというわけだ。
ダラス連銀との大きな違いは、ダラス連銀はこれまでのデータから異常値の品目は高いものも低いものも、ばっさりと削除してしまうが、ジ・エコノミストのチームは、そんなことをすれば誤差が大きくなる可能性があるのでやらないということである。さて、同誌の結論の部分だけを要約しておく。
「われわれの『ウルル』メソッドによって、これからのインフレを予想してみた。これから12カ月の平均インフレは4.1%。これはいまのインフレ予想4.4%よりは低いが、FRBのインフレ目標の2.0%、ダラス連銀の予想である2.3%よりは高い。もし、われわれの予想が正しいとすれば、FRBは利上げに踏み切ることになろう」
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