コロナ恐慌からの脱出(34)バイデン大統領の刺激策の「勝者」は誰なのか

バイデン大統領の1.9兆ドル(約200兆円)にものぼる経済刺激策によって、最も恩恵をこうむるのは誰だろうか。それは、まず、いうまでもなく収入が810万円以下であるアメリカ国民だろう。そのかなりの部分が金融市場に流れるという予測もあるが、それでも個人消費は掻き立てられる。そこで需要が拡大し、海外への影響も大きいと言われるが、では、その最大の受益者は誰なのだろうか。

ファイナンシャル・タイムズはバイデンの経済政策についての連載をしているが、その第3弾の「バイデンの1.9兆ドルの刺激策は世界経済をコロナ以前に戻す」で、その最大の受益者になると思われる中国ビジネスについてリポートしている。シミュレーションのグラフの金額だけを見れば、バイデンの刺激策の最大の勝者はまさに中国ということになる。

これは意外でもなんでもないだろう。もちろん、アメリカと中国は「米中経済戦争」の最中である。しかも、その対立は深まって、先日の米中の会談では激しい応酬があったばかりである。それなのに、中国が最大の受益者になるというのは、やはりバイデンは親中派だったのかと思う人がいるかもしれない。現実はもっと単純で、一時は総額40%減だった貿易戦争状態だといっても、米中貿易は継続しており、その額がなおも巨大なのである。

ざっといって、バイデンの刺激策が実行されていけけば、1.9兆ドルのパッケージはアメリカ政府の財政支出に9%増の財源が生まれることになり、そしてそれは、アメリカの経済回復だけでなく、世界中の貿易相手国への大きな刺激策になる。その結果、中国からの輸入が急増して、大いなる恩恵をもたらすということだ。同リポートによると、もうすでに貿易戦争に関係のない業種においては、中国のビジネスマンたちの期待が高まっているらしい。

保険会社アリアンツの研究部門は、1.9兆ドルのうち3600憶ドルが輸入品に使われることになると推計している。そのうち、中国は最大の輸出国となって、おそらく600億ドルを手にすることになるだろうという。野村研究所の主任研究員ティン・ル―は「まったく率直にいえば、中国の輸出にとってチャンスです。アメリカ国民はこれからテレビ、パソコン、自転車、冷蔵庫などを買うことになるでしょう」という。

中国の輸出のほうは2月から3月にかけて、すでにロックダウンを断行した時期にくらべて60%以上の回復をみせている。それにさらに輪をかける輸入の加速が、アメリカの回復のための経済政策によって実現するわけである。UBS は中国の2021年の輸出予測を10%の伸びから16%の伸びに上方修正しているほどだ。ファイナンシャル紙の予測が正しければ、日本も210億ドル(2兆3000億円)ほどの輸出増が生じることになる(図は2019年までのアメリカの輸入の相手国貢献度割合を示している:内閣府による)。

もちろん、こうした予測はバイデンの刺激策がうまくいったときのことである。そして、おそらく当初は巨額の財政支出が急激に消費を拡大し、コロナ禍を縮小させ、アメリカ国民の購買意欲を上昇させていくだろう。しかし、そこにはいくつかのハードルも横たわっている。こうしたハードルについては、これからゆっくり検討していきたいが、ここでは簡単にスケッチしておく。

まず、あまりに巨大な財政支出が有害なレベルのインフレを招いて、急速な支出にブレーキがかかるおそれがあるという見方がある。ここでいう有害なレベルというのは、歴史を振り返れば、アメリカの場合には70年代から80年代初頭のインフレで、これは10%前後のインフレが続くような状態であろう。

こうした「70年代型インフレ」については、民主党系左派の経済学者ポール・クルーグマンがブルームバーグ3月19日付で起こらないと予測している。70年型のインフレはベトナム戦争期に当時のジョンソン政権が、野放図な財政支出を行ったために生じたものであり、今回はそこまでいかないというわけだ。クルーグマンが「あるとすれば」と述べているインフレは、朝鮮戦争期の一時的なもので、これも今回のバイデン政権の刺激策とは状況が異なるという。

クルーグマンという人は、なかなか魅力のある文章を書くので人気があるが、意外にも予想をはずすことでも知られている。1993年のアメリカ経済回復のさいにも、回復しないと予想していて、データがそろってから「私自身が驚いている」とごまかした。1998年のアジア金融危機を的中させたことになっているが、彼が予想していたのは生産性の低さで行き詰まることで、後に自分の予想は当たったことにならないと正直に告白した。2008年のリーマンショックについても金融政策で乗り切れると言っていたが、途中からころりと財政出動派に転じてしまった。まあ、アメリカと世界のためには、今度の予想が例外的にはずれないことを祈るしかない。

もうひとつ、最も懸念されるのは今も急進中の株式市場と住宅市場のバブル(右図は住宅バブルを示すグラフ:USA Todayより)で、これらは今度の給付金でさらに加速されると思われる。株式市場については民主党系の経済学者で金融市場の権威ロバート・シラーが、「きわめて高い水準だが、合理的(ラショナル)ではある」とコメントしてきた。つまり、いま資金を投資して十分にリターンを得られるのは株式市場だけであり、それは特に債券市場と比べればはるかに高いので、根拠のない(イラッショナルな)熱狂ではないというわけだ。

もっとも、株価が異様に高いことは前から言ってきたが、バイデン政権になってからは発言が注意深くなっており、トランプ政権のときよりバブルを強調しなくなっている印象を受ける。ニューヨークタイムズ3月5日付に寄せた小論の締めくくりは「市場は十分に危険なほど高いかもしれず、計測データがそれを示して欲しいと思うが、そうではない。鳥が飛んでいく方向を逐一予測することはできないと同じく、株式や債券についても無理なのだ」などと述べている。もう、俺に聞くなよといっているようにも思われる。

もうひとつの住宅市場のバブルだが、ウォールストリート紙3月16日付が、バブルのように見えるが、それは2006年にピークに達した住宅バブルとは状態がまったく異なると述べている。つまり、2006年のときには、返済できないような低収入層のローンを元に組成した住宅ローン証券が蔓延したが、いまのブームにおいては住宅ローンは高収入層の健全なものだというわけである。しかし、これも見過ごしているようなファクターがあるかもしれないので、まだまだ注意深い観察が必要だろう。

ほんのスケッチのつもりが長くなったが、こうしてみてくると、インフレもバブルも、せっかく始まった巨大な回復プロジェクトのなかで、コワレモノに触らないようにされているというのが現実だ。その是認されてしまっている事態が、はたしてこれからとんでもない災厄をもたらさないか、慎重に冷静に観察することが必要だろう。

【追補】3月23日付のファイナンシャル・タイムズが「バイデンのアドバイザーが追加の3兆ドル支出プランを作成している」という記事を掲載している。インフラ、クリーンエネルギー、教育などへの支出計画だというが、緊急のものとは思えない。バイデン政権は巨大な財政支出を持続させる意欲があることを示して、これまでの財政支出に対するさまざまな障害が生じることへの、心理的な予防効果を狙ったものと思われる。

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