ウクライナ戦争と経済(22)ホーキッシュな政治と経済が危機を拡大する

FRB議長ジェイ・パウエルの発言が衝撃を与えている。米議会の公聴会で「リセッションが来る」といったというのだ。なんという無責任発言だろうか。しかし、株価はダウでマイナス47ドルくらいしか下がらなかった。このFRB議長証言を読み直して、パウエルの「真意」を探ってみよう。実はここには金融政策と軍事問題との微妙な関係が浮き上がってくる。

ウォールストリート紙6月22日付は「FRB議長ジェローム・パウエルは高い金利がリセッションを引き起こすこともありうると語った」というもので、いまのFRBによるインフレ対策がリセッションをもたらすことはありうると証言したということである。しかし、「我われはそれを意図してやっているわけではないが、ある程度の可能性はある」とか「リセッションだと主張しているのではない、注意する必要を主張している」と付け加えているのだ。

フィナンシャルタイムズ紙6月22日付も同じようなもので「ジェイ・パウエルがリセッションも『ある程度の可能性がある』と警告した」というタイトルで、手放しで不況が来るぞと宣言したわけではない。「彼はアメリカ経済は十分に強靭であり、より厳しい金融政策によって崩壊するということはないが、しかし、外からのファクター、たとえばウクライナ戦争や中国のコロナ政策によって、見通しが複雑になることはありうると述べている」。

もちろん、公聴会では民主党のリベラル左派のエリザベス・ウォーレンなどが、厳しい口調で質問している。「高いインフレや低い失業率以上に問題にすべきことがあるというのか? 私はあなたが米経済を崖っぷちに連れて行くまえに、この政策(金利上げ)を考え直すことを望む」というわけだ。これに対してもパウエルは、「我われは歴史からインフレが、助けを必要とするような人びとを苦しめることを学んでいる。いま低所得者層は高いインフレに苦しめられている。FRBは自分たちの任務を見誤ってはいない」と答えた。

なんだ、つまらないなあ、と思った人もいるだろう。しかし、そもそもFRB議長が理屈として成立しないことを根拠に、政策を打ち出すというのはまれである。たいがいは金融界で鍛えられた人物とか、アカデミックな経済学会でのリーダーとかが議長になるからで、たとえそれがある種の偏った経済学に基づいていても、「理屈だけは通っていらっしゃる」。

ただし、パウエルは「アメリカはいま十分に強靭だ」と答えて、「脅威があるとすれば外からくる」と付け足しているが、この認識はかなりおかしい。中国のコロナは確かに外国における事態かもしれないが、すでに米国株式市場はかなりの下落を見せており、付随して仮想通貨の崩壊を生み出している。住宅市場は加熱したままで、いつ暗転するかもしれない。そして、そもそもウクライナにおける戦争は、実は、代理戦争というかたちでアメリカは当事者である。脅威はちゃんと国内にもある。付け加えれば、中国のコロナも同国の当局が封じ込めたような顔をしているだけで、世界のサプライチェーンとして復活するのはまだ先のことだ。

こうした状況のもとでの金融政策の舵取りは、たしかに難しいし、パウエルはそのことを自覚しているだろう。しかも、いったんアメリカ経済の「好況」という見方が曇ったときの反転のすさまじさは「歴史から学んでいる」はずである。問題は、アメリカの主要メディアは自国がウクライナ戦争の「当事者」であることに、なるだけ触れないようにしていることだ。だから、パウエル発言にも説得力があるように聞こえる。

しかし、周辺的なメディアにはすでに「プロキシィ・ウォー(代理戦争)」という言葉が躍っている。いわゆる「ホーキッシュ(タカ派)」な政治家や評論家たちは、むしろ、この代理戦争を成功裏にやり遂げるために「自由と民主」を煽り続けている。ホーキッシュが脅威になるのは金融政策だけではないのだ。こんな状況の中で、金融政策が平穏無事に進められると思っているのだろうか。イラク戦争はもとよりベトナム戦争においても、まちがいなくインフレとリセッションと代理戦争はセットだった。この点も「歴史から学ぶ」必要がある。

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