ウクライナ戦争と経済(34)ロシアは本当に武器弾薬が欠乏しているのか

ロシアの武器や弾薬が欠乏していて、このままでは戦えなくなるという報道が続いている。しかし、これは本当なのだろうか。本当ならどれくらい、そして、どのように? 細かいことが語られないまま、今年の9月ころから当然のことのように報じられているが、もし、それが間違っていれば、ウクライナは想定外の戦いを強いられることになる。

日本でのニュースを振り返ってみよう。9月20日ころのニュースでは「数百万発の砲弾」を北朝鮮から購入する予定だという記述がある。また、11月16日にはアメリカの戦争研究所が「ロシア軍は高精度兵器を使い果たした」と指摘したと報道された。さらには、12月7日にウクライナ国防省が「ロシアの高精度ミサイルは在庫が枯渇」と発表したというニュースがあり、同月13日には「ロシアは40年前の兵器を使用している」と報じられている。

こんなにロシア軍が弱体化しているのなら、もうウクライナは勝利目前で、ゼレンスキー大統領がアメリカに行って「もっと武器をください」という必要はないのではないか(12月21日に訪米)。どうも報道のトーンが一面的なだけでなく、「武器」「弾薬」「ミサイル」といった分類があいまいで、この「欠乏」報道はちょっと考えると疑問が生まれて分かりにくかった。英経済誌ジ・エコノミスト12月20号は「ロシアは本当に弾薬が払底しているのだろうか?」という記事を掲載して、なぜロシアの武器についての報道が、どこか不自然に思えるのかを探究している。

同誌もまた9月以降の報道機関が用いた、さまざまな情報を振り返ることから始めている。まず、9月には「西側の政府関係者」がロシアは弾薬が欠乏し、北朝鮮から補充していると発言した。また、11月に「アメリカのオースティン国防長官」が、ロシア軍の「重大な不足」について語った。さらに、12月にも「アメリカの高官」が、ロシアはロケット砲の弾薬が2023年の初めころまでに切れる可能性があると発言しているという。

しかし、こうしたロシア軍の武器や弾薬が「払底」しているという説に、まっこうから反対している専門家たちもいるのだ。たとえば、エストニア軍情報部トップのマルゴ・グロスベルグ大佐は、ロシアは1000万発の砲弾を持っていて、1年で340万発を製造するキャパシティがあるという。ウクライナのドンバスでの戦いは、この夏にピークを迎えたが、そのときの消費が1日20万発だった。ということは、「ずっと戦うのでなければ、少なくとも1年戦うには、十分な砲弾をもっている」ということになる。

また、ジ・エコノミストのインタビューで、ウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー将軍は、ロシア軍は来春の新たな攻勢の準備を、ちゃくちゃくと進めており、もう一度ウクライナの首都キーウを、攻略しようとしていると警告している。「砲弾はいまも準備されつつあるし、それはたっぷりとはいえないにしても、目的が達成可能なレベルだ」とザルジニー将軍は語っている。

見解が分かれてしまうのは、いくつか理由があると思われるが、同誌はまず「第一に、弾薬の数え方が異なっていることがあげられる」という。たとえば、アメリカの場合は「すぐに使える状態」の砲弾がデータの数値となる。それに対して、エストニアでの数え方はもっと大らかな基準で、たとえば信頼度が低く使用上の危険性がないものでも、備蓄に数えられてしまうと専門家は指摘している。ロシアの場合も、弾薬はしばしばNATOなどの基準からすれば不十分な環境のなかに置かれ、しかも長期に放置されてしまっている。アメリカ国防総省では、ロシア軍は1980年代に製造されたような砲弾を、いまも炸裂させていると見ているという。

見解が分かれてしまうもうひとつの原因は、「ロシア軍がウクライナに侵攻してからの10カ月に、どれほどの量の弾薬を失い、また、獲得したかが明瞭でない」ことがあげられるという。たとえば、ウクライナとの戦争で兵器庫を攻撃されたとき、どれほどの弾薬が失われたか、正確に知るのはかなり難しい。また、逆に失われた弾薬をどれくらい補給できたのかも、データを得るのは困難なのだ。

さらに、こうした困難さに加えて、ロシアがどれくらい製造したか分からないし、外国からの輸入がどれくらいあったか、それを知るのも難しい。西側の高官によれば、同盟国のベラルーシからソ連時代の弾薬を輸入したことは分かっている。しかし、それは1%に満たない量でしかないと思われる。また、北朝鮮はロシアに多くの弾薬を輸出しようとはしているものの、その供給力は必ずしも大きなものではない。ということは、ベラルーシや北朝鮮についての報道だけで、ロシアが軍備を増強しているとは、とてもじゃないが言えないわけである。

今年の夏以降、たしかにロシアの砲弾消費量が減っていることは間違いない。ウクライナの軍事関係者の中には、ロシアの武器弾薬の欠乏は決定的だと考える者もいる。しかし、それでもなお、元軍人でいまは『軍事戦略マガジン』の編集長であるウィリアム・オーエンは、楽観主義的な見通しに対して警告を発している。「ロシア軍は彼らが必要とする弾薬を持っていると、仮定して考えたほうが間違いを犯さずにすむ。さもなければ、まったく勘違いをしてしまい、馬鹿げた危険が迫ってくることになる」。

加えて、ジ・エコノミストが触れていない、見解が分かれてしまう「さらなる理由」もある。まずひとつは、戦争遂行に関係した機関の発表は戦略の一環であることで、もうそれは常識のようなものだろう。もうひとつが報道機関のほうの「癖」のようなもので、英国とアメリカがウクライナに支援することに熱心であるため、とくに両国のマスコミは、ウクライナが優勢だという情報を取り上げたがるという傾向があることだ。しかも、英国とアメリカの政府の方針には微妙な違いがある。英国はこの戦争をヨーロッパ内の戦争と受け止め、ひたすらウクライナの勝利を願っている。いっぽうアメリカには、ウクライナ戦争を使ってロシアを消耗させるという、もう少し複雑で狡猾な思惑がある。そのため英米の間でも、報道姿勢は微妙に異なっている。

さらには同じアメリカ内でも、民主党のリベラル・ホーキッシュと、旧来の共和党支持者とでは大きな差があり、いまのところ米大手マスコミのほとんどは前者、つまり、バイデンのウクライナ政策を支持しているといってよい。そこから出てくるのは、「民主」ウクライナが勝利すべきであり、「専制」ロシアは敗北すべきだという、かなりシンプルな「信念」だが、それが報道に強く反映させると奇妙な矛盾をはらむことなる。

専制ロシアの軍事はすでに消耗しているはずであり、民主ウクライナが圧倒していても不思議はないという「願望」は、いまの局面では必ずしも現実から大きく逸脱していないかもしれない。しかし、この線に沿った報道が「それならアメリカの支援はもう十分ではないか」という雰囲気を生み出し、それが旧共和党支持層さらには民主党の平和主義者に広がってしまうと、ウクライナへの軍事支援が縮小してしまう可能性がある。ゼレンスキーが恐れているのはこの支援縮小であり、今回の訪米も「これまでのお礼」というよりは「これからの軍事支援の要請」にあることは明らかだろう。

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