ウクライナ戦争と経済(26)米国はついに「スタグフレーション」に突入した!

アメリカは2四半期連続でマイナス成長になった。リセッションである。しかも、これがインフレが継続中のことだから、立派な「スタグフレーション」ということになる。ところが、米国政府だけでなく経済マスコミなども、この言葉を使わないようにしている。いったい背景に何があるのだろうか。

7月27日にアメリカで発表された今年第2四半期GDP伸び率は年率マイナス0.9%で、第1四半期がマイナス1.6%だったから、これまでの習慣にしたがえばリセッション(景気後退)と呼ぶのが当然だった。ところが、アメリカのマスコミだけでなく日本のマスコミも「単に習慣でそう呼ばれてきただけ」とか「金融界ではそう定義してきた」などと報じている。

もちろん、アメリカ政府はしゃかりきにリセッション自体を否定している。フィナンシャルタイムズ紙7月28日付の「米国経済は2期続けて縮んだ」によれば、財務長官のジャネット・イェレンが「米経済は強靭な状態」と述べ「アメリカの経済学者と多くのアメリカ人は、リセッションというのは雇用が多く失われ、解雇が多くなり、企業がつぶれて、家計収入がガタ落ちになること」などと「再定義」を行なう始末である。「だから、いまリセッションとはいえないのです」というわけだ。え?

バイデン大統領にいたっては「FRBがインフレーションを制圧しようとしているので、経済がスローダウンするのは驚くにあたらない。しかし、アメリカは歴史的な世界の試練にもかかわらず(ウクライナ戦争のことらしい)、正しい方向に進んでおり、この過程を通じてより強くより確実なところ向っている。われわれの労働市場は歴史的にみてきわめて健全なままである」と演説している。しかし、それならば7月28日にあたふたと、まだ生煮えの追加的な財政出動計画を、発表する必要はないはずではないのか(図版はeconomist.comより:アメリカ国民の関心はいまや経済の向かう先となった)。

もちろん、習慣的でしかない「リセッション」という言葉が、ひとり歩きされてはたまらないということかもしれないが、逆にこれまでGDPが急激に落ち込む事態になっても、まだ1期だけだと「リセッションとは2期続けてGDPが下落すること」とわざわざ述べて、当面の不安を払拭しようとしたこともあった。そしてまた「今度だけは違う」という発想は、過剰な期待を正当化するか、あるいは本当の脅威をごまかすときに登場するもので、これはかえって危険だろう。

しかも、今回の場合にはずっとインフレが続いているときのリセッションである。1970年代を知らない人は、まだピンとこないかもしれないが、インフレになるまで景気刺激策をおこなってもリセッションが起こってしまうという事態は「スタグフレーション」と呼ぶべきだろう。インフレ結構、雇用が維持できているならば、という発想で経済を見ている人にすれば、もっとインフレにすればいいと思っているかもしれない(図版はft.comより:先進国はインフレ時代に入ったといえる)。

しかし、インフレは10%に近づけば政権の存続を危うくするのが、途上国はともかく先進国における歴史的経験だった。10数%とか20%台とかは文句なく辞任の原因となる。ましてや、ひどい不人気のバイデン政権である。アメリカ以上のインフレである英国のジョンソンは、それがすべての原因ではないが退場をよぎなくされた。もともとインフレに対しては寛容なイェレンがリセッションを否定する不自然な発言をしたり、バイデンがそそくさと財政支出の追加を発表するのをみれば、いかにあわてているかが分かるというものだ(図版はwsj.comより:灰色がプラス、桃色がマイナス。マイナスは在庫がいちばん大きい。そこで全体のマイナスも在庫の減少にすぎないと説明する人もいるが、それはひとつの側面でしかない)。

このリセッションによって、FRBはインフレ抑制策をやわらげるという説が出ている。見方によっては、アメリカのインフレは終息に向かっていると論じる人もいる。しかし、それは「新たな財政支出の増加は、さらなるインフレを生み出さない」とすれば、という条件付きである。インフレは克服がけっこう難しい。スタグフレーションはなおさらである。この点についてもまた、「今度だけは違う」的な発想は危険であることを、忘れるわけにはいかない。

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