ウクライナ戦争と経済(9)この戦争の影響をしっかりとグラフで見つめる

コロナ禍から抜け出せそうだと思ったらインフレが始まった。さらには、ウクライナ戦争が勃発して、世界の経済は混乱のきわみに直面している。とはいえ、まずは何が起こっているのか、さまざまなデータをざっと見てみよう。この世の終わりだと絶望的になるのはそれからでも遅くない。

そう言いたいのかは分からないが、フィナンシャル・タイムズ紙4月27日付がマーティン・ウルフの「ウクライナ戦争は多くの側面から経済にショックを引き起こしている」を掲載している。ウルフは辛口の経済コラムニストとして知られているので、その名調子を楽しんでいただくのも悪くないが、ここでは付帯して並べられているグラフに注目していただきたい。もちろん、ウルフの言葉も適宜拾ってある。

まず、礼儀としてウルフの調子といったものを見ていただこう。「この戦争は悪疫に続いて起こり、そして飢餓を引き起こしている。これらを合わせれば旧約聖書のエゼキエル書に出てくる神の裁きの4つのうち3つまでが揃っている。いや、4つめの死は他の3つに続いて起こることを忘れてはならない」。といった調子で、預言者エゼキエルになったかのようなのだが、ともかく、戦争、悪疫、飢餓、死が世界を蔽っていることは確かだろう。

すでに世界はコロナ禍に苦しんでいたため、サプライチェーンの寸断やインフレの兆候は見えていた。そこに戦争が始まれば「景気後退、債務不履行による経済悪化、ファイナンスの不全にいたるリスクは高い」。ここで掲げられているグラフは「負債」が予想もできなかったほど急伸したことを示していて、世界GDPの250%を超えてしまった。公的負債は別だという人もいるだろうが、除外しても世界は借金まみれであることは間違いない。

いま急速に明らかになっているのは、世界がインフレ基調の経済に変わりつつあるということだ。「この戦争はすでに寸断されていた世界をさらに寸断している。経済学的に見れば、それは5つの経路をたどって顕現する。コモディティ価格の上昇、貿易の寸断、金融の不安定化、難民の発生、そして経済制裁である」。その結果として、2022年は先進国でGDP伸び率はマイナス1.2%、途上国はマイナス1.3%と予想されている。

世界のインフレ率を見てみよう。先進国経済においては5.7%上昇、途上国においては8.7%の上昇が見込まれている。グラフに明らかなように、最初の1カ月では5%くらいの上昇で済んでいたロシアは、いまや20%を超えるインフレに見舞われている。プーチン大統領みずからが、テレビで17%以上のインフレを認め、国民に忍耐を求めているのを、NHKなどで見た人も多いだろう。

では、そのインフレは何から起こっているのかといえば、アメリカの場合にはエネルギーと他の消費材であり、ロシアからの天然ガスが止められたヨーロッパにいたっては、原因のうちエネルギーの割合が7割くらいを占めている。エネルギーが大きなインフレ要素となっているのは途上国も同じで、平均すればインフレ率は2.7%くらいだが、そのうち60%以上がエネルギーの高騰による。

ウルフはいまのインフレを目撃して、1970年代のインフレを思い出しているようだ。この時期には2回にわたるオイル・ショックがあって、先進国でも10%台から20%台のインフレを経験した。しかも、不況も伴う「スタグフレーション」だった。今回も同じことが起きるのではないだろうかと思うのは無理ない。しかし「IMFはそうではないという。たとえば、石油はもはやかつてのような大きな要素ではなく、労働市場も大きく変わった。中央銀行も独立性を高めている。しかし、政府の政策ミスと供給ショックが合わされば、ふたたびスタグフレーションの破壊的状態が現出するかもしれない」。

ウルフが強調するのは、とくに、途上国の経済への影響が大きいことで、そのためには「先進国はコロナ禍のとき以上の支援を、途上国に対して実行しなければならない」と述べている。経済を考えれば「われわれは基本的には平和と繁栄が必要であり、地球の環境を守ることが必要なのだ」。25年前には、そのための協力体制ができるかと思われた。「しかし、いまや再び、われわれは世界の分断、破壊、そして危機への坂道を転落し始めている」。

「もし、さらなるショックが襲うようなことがなければ、いまの破壊的状況は乗り切れるに違いない。しかし、巨大なショックがやってくるという、ネガティブな事態も念頭に置かねばならない。ロシアは協力を拒否するだろう。しかし、最低限の協力関係を維持しない限り、つまり、譲り合うことをやめてしまったような世界になってしまったら、我々が住みたいと思う世界にはなりえないのだ」

辛口コラムニストにしては、ずいぶんと理想主義的なエンディングなのだが、それだけいまの状況が厳しいものだということだろう。しかし、「ウクライナに協力していない国」にされている日本の住民は、もう少しいまの世界経済の裏面を斜めに見てもいいのかもしれない。たしかに、経済そのものの構造が変わって、軍事ケインズ主義はそのまま成り立たないだろう。映画に出てくるような典型的なウォーロード(戦争屋、戦争で金儲けする者たち)が、この戦争にもかかわっているとは思いたくない。しかし、それでも戦争が行われたときに武器を輸出する国の軍需産業は、当然、利益を得るだろう。

すでに紹介したように、ウクライナの戦争における物理的な損害は約7兆円だと、キーウ経済大学が計算した。いっぽうで、ウクライナ政府がIMFに復興のために求めている援助は約77兆円という膨大な金額である。戦場となったウクライナの国民は、まことに気の毒だと思うが、この金額のすべてが純粋に復興だけの費用だと考えることは、ちょっと難しいのではないだろうか。まわりまわって、その一部は(あるいはかなりの部分が)、どこかの国の特定の産業の利益になっていくのではないかと、考えたほうがよいのかもしれない。

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