ポスト・コロナ経済の真実(16)中国のデフレは波及しないというのは本当か?

中国経済が急激に停滞している。デフレの兆しすら見せている。ところが、中国政府がその実態を示すデータを詳細に公表してくれない。詳しいデータがなければ綿密な対策も立てられない。そこで、アメリカがデータ公表を要求しているが、当然のことながら、政治と経済が絡んでいるので中国はまったく応じていない。予測可能なところから始めるしかない。

アメリカ大統領の安全保障担当補佐官ジェイク・サリヴァンが、中国に対していまの経済状況について透明性を高めるよう求めている。中国は若者の失業率について、詳しいデータの公表をストップしているが、「いまの停滞について北京が公表しないのは、世界経済の成長にとって危険だ」(フィナンシャルタイムズ8月23日付)というわけである。

サリヴァンは取材に対して8月22日に次のように述べている。「世界の信頼性や予想可能性にとって、また、他の国々が経済的に確かな決定を行うために、中国政府が経済データの公表において、一定の透明性を維持することはきわめて重要なことだ。しかし、中国はその点について責任のある行動を取ろうとしていない」。

この中国の反応は同記事が指摘しているように、中国の秘密主義ばかりでなく、米中がいわゆる「経済戦争」に入っていて、バイデン大統領はハイテク産業についてはアメリカ・ファーストを打ち出している。さらには、中国による台湾侵攻問題が現実味を帯びるなかで、「お互いデータを見せあいましょう」といっても、すでに軍事的に不可能になっている。

すでに中国経済の公表データは、すでにブログやサイトで紹介しているので、多少古くなるが、フィナンシャルタイムズ8月17日付の「中国のデフレは他の国にとって痛いことなのか」を紹介しながら、デフレはどのような形で他国の経済に影響するのか、いくつかの観点から考えてみよう。

このフィナンシャル紙の記事は、実は、中国のデフレは他国にたいして影響を与えないどころか、そもそも中国がデフレに陥った証拠はないと主張しているのだ。まず、同記事は「中国のデフレは一時的なものである可能性が高い」と指摘している。また、「デフレは他国に感染することはまれ」で、それどころか「中国のデフレは欧州を助けている」という。

まず、「一時的なもの」だという根拠である。中国のCPI(総合物価指数)がゼロ以下になったのは事実だが、コアCPI(エネルギーと生鮮食料品を除く)は上昇に転じており、また、中国のCPIがゼロ以下となったのは、高騰していた豚肉が下落したという、きわめて中国に特有の現象があったせいでもあると述べている。

次に、「デフレは感染しない」という説だが、物価の高騰や下落はまれにしか他国に感染しない。したがって、中国のデフレも他の国に感染することはないだろうというわけである。USBのエコノミストであるポール・ドノヴァンも「こんどの中国のデフレ、つまり価格への下方圧力は、きわめて地域的なものに終わる」と予測している。

さらに、「中国のデフレは欧州を助けた」という話は、これは簡単だろう。「ヨーロッパ諸国は中国経済の停滞からは利益を得ることになる。というのは、中国経済が低迷すればロシアから供給を受けていた天然ガスなどの市場価格が下落するからだ」。中国は生産を増加させたり消費したりするのに勢いがなくなり、エネルギーの消費も低下して価格が下がり、ヨーロッパはエネルギーを安く手に入れられるというわけらしい。

しかし、どうもこの記事はあまりものごとを厳密に考えない記者が書いたと思われる。中国がデフレ経済になる危険があるといわれるのは、不動産バブルが崩壊したからであって、たまたま豚肉の下落と重なったからではない。日本での不動産バブル崩壊に続くデフレがそうであったように、不動産の価値が暴落することによって不良債権が積み上がり、経済成長そのものがマイナスになることが一番大きい。しかも、それはゆっくり進行するのだ。

また、「デフレは感染しない」という説は、金融制度というものをまったく考慮していない、まるで素人のような議論にすぎない。どうも、この記事では今回の世界的インフレは感染したのではなかった。だから、デフレも感染しないという論理らしい。しかし、ある国でバブルが崩壊すると、そこに投資されていた資産の価値が下落あるいは消滅をきたし、そのことによって投資をしていた企業や個人のいる国の金融を揺るがすのである。

この「感染」という言葉だが、もともとは金融パニックの研究で知られたキンドルバーガーが最初に用いた言葉で、彼も最初は「伝播」という言葉を用いている。しかし、アジア経済危機などの金融を通じたマイナスの現象の波及を見て、彼は病理学の感染(コンテイジョン)というおぞましい言葉を使うようになった。つまり、経済危機というものは金融という感染経路を通じて感染してしまうものだというわけである。

中国の不動産バブル崩壊の規模がもっと大きくなれば、先進諸国の金融機関の破綻を生み出すという感染も起こりうる。もし、その感染が極めて大きいか、その国の金融規模がかなり小さければ、デフレ・スパイラルが生まれて長期化する危険もある。なぜ、フィナンシャル紙のような「一流」と言われる経済メディアに、こんなとぼけた記事が載ったのかは不明だが、いまは極めて微妙な時期にあることくらいは感じとるべきだろう。

さらに、「中国のデフレは欧州をたすける」というのは、そもそも、この記事自体が論理矛盾に陥っていることを示している。デフレは他国に波及しないといっているのだから、ヨーロッパの天然ガスが下落したとしても、それはヨーロッパとロシアの関係の問題であって、中国が関係したことではないことになるだろう。そうではない、中国のデフレを伴った経済停滞は、必ず、何らかの影響を他国にももたらすのである。それはたとえ継続的で全面的な価格下落という厳密な定義でのデフレーションにならなくても、経済にとってマイナスの影響が及ぶのは避けられない。

このように、グラフ以外は何も見る価値のないような記事だが、それでも中国のデフレを憂慮している者がコメントしているので紹介しておこう。調査会社BCAリサーチのダヴァル・ジョシは「中国はこの10年にわたって、世界経済のGDP成長率の40%を占めてきた国である。中国に起こったどのような経済的トラブルも、世界経済に影響を与えずにはおかない」と語っている。これがまともな感覚で、いずれデータによって証明されるだろう。

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