ポスト・コロナ経済の真実(4)植田日銀総裁の金融政策を予想する

「植田って何者?」という叫びが世界を駆け回ったが、長い時間をかけずに、植田氏が総裁となる日銀は急変しないとの予想に落ち着いた。ただし、経済の構造をあぶり出したことは間違いない。投機的で巨大なマネーが、ちょっとした情報により大きく左右される、実に不安定な世界なのである。しかも、変化はしないといっても、長期的には変わっていくこともまた間違いなさそうなのである。

世界を駆け回った「植田って誰?」を最初に報道したのは、ブルームバーグだったと思う。金融市場は雨宮氏で、日銀の金融政策は基本的にはこれまでの黒田時代を継続するというのが、いちおうの共通認識だったから、ショックを受けたわけである。もちろん、すぐに金融市場は反応して、円はドルに対して上昇し、日本国債の利回りも10年ものが日銀が設定していた上限の0.5%にすぐに達した。

その後、植田とはいま私立大の教授をやっている植田和男氏だと判明すると、日銀の戦後史のなかで初めて学者が総裁になりそうだというニュースが流れた。その植田氏が、1998年から7年間も日銀審議委員を務めていることが分かると、ちょっと拍子抜けした。さらに、東大教授だったころは官僚を志す学生たちの人気ゼミで、日銀や大蔵省で活躍することになる、将来のキャリア官僚の指導に当たってきたという話が出たころには、民間の学者からの採用という新味も失せてしまっていた。

それはそうだろう。こんな微妙な時期に、日銀の役割や実務についてまったくの素人さんを総裁にするわけがない。素人といってよい政治家が専門的な知識が必要な閣僚に就任してしまう、政治の世界とはちょっと違う。笑ったのは、岸田首相は「反アベノミクス」だと煽っている日本国内の評論家たちも、どうやら植田氏が「バランス感覚」がある「現実的なプラグマティスと」だとの評価を知って、振り上げた拳のもっていき場がなくなってしまい、わけのわからない論評でごまかしていたことだった。

特に注目されたのが、昨年7月6日に日本経済新聞に掲載された植田氏の短い論文「日本、拙速な引締め避けよ 物価上昇局面の金融政策」である。ここには次のような文章がある。「インフレ率の一時的な2%超えで金利引き上げを急ぐことは、経済やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害する。00年、06年の金利引き上げが長続きしなかったことが思い出される」。

この部分については、世界中の経済メディア、たとえばフィナンシャルタイムズやジ・エコノミストも引用して、植田氏のバランス感覚やプラグマティストであることを指摘した。さらに、ここにある00年のケースというのは、実は植田氏が日銀審議委員だったときの日銀の決定的な「失敗」だが、植田氏はこのとき時期尚早と主張して、金利引き上げ(ゼロ金利離脱)に「反対」の票を投じたことも報じられた。

なんのことはない、世界が大騒ぎしたのは、植田氏についての情報が少なかったから、あるいは情報をちゃんと集めなかったための「空騒ぎ」だったのだ。ただし、もう少し勘ぐれば、この程度の情報不足でも、空騒ぎけっこう、日本経済崩壊論大いにけっこうという人たちがいることを、思い出したほうがいいかもしれない。それは投資家あるいは投機家と金融機関の連中で、自分たちはちゃんと分かっていても「ウエダ、フー?」と言って見せることで一波乱作ろうとしたのかもしれない。

それに対して経済学の世界のプロ、たとえば米財務長官を務めた経済学者ラリー・サマーズなどは「ウエダは日本のバーナンキだ!」と金融経済学のプロであることを強調した。つまり、1998年に始まる金融危機のさいに、混乱を収拾したFRB議長でノーベル経済学賞ももらったベン・バーナンキと同じくらい有能だといってみせたわけである。もっとも、これは、サマーズ、バーナンキ、そして植田氏が、同じ金融経済学の泰斗スタンレー・フィッシャーMIT教授の門下だという同窓意識もあったのかもしれない。

さて、これから植田総裁が誕生すると(ほぼ確実だと報じられている)、どのような金融政策が採られるのだろうか。この点についてヒントになるのは、前出の論文である。ここには先ほどの引用部分の根拠が述べられている。「そもそもなぜ(世界の先進国のほとんどが)持続的な2%のインフレ率を目指すのか。それが実現すれば、金融政策も正常化され、政策金利水準は平均的に高くなる。すると何らかの理由で一時的に景気が悪化し、インフレ率が低下したときに金融緩和余地が生まれる。日本経済は過去25年間、こうした余地が極めて限定的だったことで、中長期的な成長についても足を引っ張られた可能性が高い」。

実は、こうした考え方を打ち出したのが前出のバーナンキであり、これがもともとのインフレターゲット政策なのである。日本でアベノミックス採用以降にインフレターゲット政策と言っているのは、人気米経済学者ポール・クルーグマンが、これはデフレになったときでも使えると論じて作り替えたものにすぎない。クルーグマンは大胆にも、日本については「中央銀行が数パーセントのインフレになるまで、ひたすら金融緩和しますと宣言する」という「ひっくり返し版(インバーテッド・バージョン)」をでっち上げて推奨した。日本の経済学者たちは大喜びで頂戴したのはいいが、見事に消費の活性化に失敗した。植田氏は、ある意味で本当のインフレターゲット政策をやるべきだと言っているわけである。

ただし、植田氏がバランス感覚がありプラグマティックだということの「裏返し」もあることを念頭に置かなくてはならない。いまのインフレは総合指標で4%に達しておりエネルギー関連などは20%を超えている。しかし、それでも経済全体に与えるマイナスの影響がまだ耐えられると判断すれば、しばらくインフレを放っておくかもしれない。また、当面は金融緩和を維持したとして、一部の企業や政治家などが喜んでいても、もう時機が到来したと思えば、けっこう平然と金利を上げていくかもしれないのである。

フィナンシャルタイムズ2月12日付は同紙が植田氏に取材したさい、「いまの日銀の金融政策は適切だと思う」と語り、つぎのように付け加えたという。「いまのところ、金融緩和策は続ける必要があると思います。私は長いあいだアカデミックな世界にいましたので、論理的にさまざまな決定を行ない、明快なやり方で説明することを好みます」。残念ながら「これ以上は本紙の質問に答えなかった」とフィナンシャル紙は述べている。

とはいえ、同紙は記事の最後の部分で、前出の昨年7月に日本経済新聞に植田氏が投稿した、論文の次の部分に注目している。「いずれにしても、多くの予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だろう。近い将来、自然な形で金融政策の正常化が可能となるような持続的な2%インフレに到達するだろうか。……日本における持続的な2%インフレ達成への道のりはまだ遠いとみておくべきだろう」。もちろん、これは昨年7月時点での投稿であることも考慮しておく必要がある。

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