コロナ恐慌からの脱出(46)米国の雇用維持政策の失敗から学ぶ
アメリカのコロナ禍時における雇用維持政策の補助金が、どういうわけか高収入の人たちに流れ込んでしまっていることが判明した。どうもそうじゃないかとの観測はあったが、MITと連邦準備の研究者たちが、かなり詳細にその現実を分析した。収入を五段階に分けた場合、上位の20%のグループが圧倒的な多さで手にしているのだ。
まず、この2つの図版(英経済誌ジ・エコノミスト2月1日「アメリカの雇用維持プログラムはその多くのカネが金持ちに流れた)の左を見ていただきたい。先進諸国のなかで、失業率の上昇と下降において、アメリカは極端な動きを見せたが、これはレイオフなどの雇用制度が違うからだと説明されていた。その外にも雇用保険の仕組みとか私的な保険制度の違いとかもあるが、上昇だけでなく下降の急落ぶりも、実は、先進国の中ではかなり特殊だったわけである。
これはトランプ政権時代に急いで作られた、給付金や雇用保険の延長などの効果が大きかったと思われる。さらに、日本ではあまり指摘されなかったのが、企業への雇用維持支援策ペイチェック・プロテクション・プログラム(PPP)である。これは雇用と賃金を一定期間維持した企業には、基金から支出されたローンがチャラにされるという、実に鷹揚で大胆な仕組みだが(詳細は後述)、では、その仕組みで助かった(儲かった)人たちはといえば、なんと、上の右図に示されるように収入のトップ20%の「金持ち」たちだったのである。
ジ・エコノミストは、前出のMITと連邦準備による詳細な論文「8000億ドルのPPP:そのお金はどこに行ったか、そしてそれは何故なのか」を元に、かなり分かりやすく解説してくれている。まず、このPPPがどんな制度だったかといえば、同誌の説明によれば500人以下の企業に、上限1000万ドルの雇用維持と賃金のための資金を提供して、雇用と賃金の一定のレベルを6カ月維持できたら、そのローンをチャラにするというものだった。
この低下のレベルは25%以内だとか、健康保険とか家賃を加算するとかの細かいことはここでは端折るが(ネット上で「PPP」で検索すれば細かく説明している日本語のサイトを見つけることができる)、ともかく、コロナ・パンデミックが広がるなかで、なんとか窮状を切り抜けたい企業にとっては、有り難いプログラムだったことは間違いない。これは失業保険の延長や給付金とあいまって、必要なところにお金が流れる仕組みのはずだった。
ところが、結果を見てみると(上の図版の右図)、この制度がないと失業していた人に流れたお金は、PPP全体の3分の1以下にすぎず、ほぼ4分の3は回り回って経営者と株主たちに向かい、約3660億ドル(2020年度の基金全体の72%に相当)が、年収144000ドル以上(日本円にして約1650万円以上)の家計に入ったわけである。いったいどうなっているんだろう、と思うのが当然だろう。
同誌は「このPPPは下手(プアリー)に作られていた」と述べている。アメリカという国はこの種の制度をつくることになれていないので、抜け道だらけだったというわけだ。たとえば、500人以下の企業という規定を「営業所」と解釈して脱法的にローンを得た会社が多かった。たとえば、220営業所がそれぞれローンを獲得したシェイク・シャックというファスト・フード会社は25億ドルを得ている。また、ロサンジェルス・レイカーズという野球チームは50億ドルをゲットした。両社は批判されて返還したというが、他の大会社で同じように巨額の資金を手にした企業は返還していないという。もうひとつは、この仕組みで「得」をしたのが、もともと企業経営者のように高額所得者で、この制度がなければ所得をすべて失うことになっていたわけである。
ジ・エコノミストはヨーロッパや日本の場合、失業率の安定性を指摘して、何とか切り抜けてきたと評価している。しかし、こうした中小企業支援の不手際は、必ずしもアメリカだけに起こる現象ではない。たとえば、小渕政権が行った融資保証制度を用いた中小企業支援は、調査して保証する機関への過大負担や制度の悪用があって、いまも本当に実力があるのに資金が回らない企業を救っていなかったとの批判がある。
いや、それどころか給付金が中央政府や地方自治体によって配られても、単に貯金に回ったり、はてはデイトレーダーの投資資金になってしまって、消費を回復させる政策になっていない現象は、現実としてある。しかし、こうしたお金を流す政策は、いまのような金融資産選好の強い国の場合は、十分に実体経済を刺激しないで、株式バブルや不動産バブルのほうを加速しているだけだ。
私はこうした政策を否定はしないが、給付を受けた人たちが何らかの消費をしなければ、ただの人気取りのバラマキで、せいぜい金融バブル加速政策に終わってしまう。商品券は評判の悪い政策だが、全体の消費喚起について考えれば、もう少し寛容でいい。ワクチンのブースター政策と組み合わせた消費刺激策、たとえばワクチンパス(簡単な接種証明でもいい)を取り入れた旅行刺激策なども、もっと真剣であってよいのではないのか。いちばんの問題は、その政策が何を目的としているか、そしてその目的にかなっているのかを、しっかりと検討することだろう。
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