フク兄さんとの哲学対話(15)ホッブズ『リヴァイアサン』の衝撃②

前回、というのは昨日のことだけれど、本当は食事のあとにホッブズの続きをやることにしていた。ところが、フク兄さんは利き酒セットを3セットも飲んでしまい、対話どころじゃなくなってしまった。仕方なく、今日にしたのだけれど、さっきまで皆で山道を歩いていた。結果として快適な散策になったせいか、ホテルに着いたらフク兄さんが、すぐに哲学対話をしたいといいだした。例によって( )内はわたくしの独白。

フク兄さん いや~、爽快だったのう。裏山の展望台に行ってみたら、展望台はコンクリートが劣化していて昇るのは禁止じゃった。そこで山道を歩くことにしたのじゃが、歩いているうちに神様の祠のようなものがあり、拝んでいるうちにもっと歩きたくなり、結局、山の向こう側にまで歩いてしまった。

わたし 歩いても歩いても山の中なので、これはえらいことになったと思ったけど、車道に出たのでほっとしたのもつかの間、日差しが強くて、ぼくなど汗だくっだった。でも、ひと汗かいたので、お風呂が心地よかったなあ。

フク兄さん 自然のなかのトレッキングは実に楽しかった。あんまり観光客は行かないみたいで、山道の整備はそれほどではなかったが、それがかえって野趣があってよかったのう。そもそも……

わたし あ、それでホッブズの話なんだけど、この思想家の不思議さは、40代になって身に着けた数学や自然科学に使われている推論を、政治学に適用してみせたことなんだ。まるで数学の証明をするような構成で、政治哲学を述べている。

フク兄さん わしはよく分からんが、そういうのは今じゃ普通のことなんじゃろ?

わたし もちろん、そうなんだ。そこで現代政治思想の先駆けということになるんだけど、主著である『リヴァイアサン』を読み始めて驚くのは、人間をまるで動物のように扱って、この動物が何によって動かされているかを論じ始める。それは「情動」なんだというわけだけど、そのなかでも「恐怖」がほかの情動に比べて圧倒的だという。

フク兄さん わしなら、酒を飲みたいという情動が、ほとんどすべての情動に勝るが、昨日の話では、陰惨な革命とかが背景にあるということかのう。

わたし そうなんだ。ホッブズは王様を処刑してしまったピューリタン革命を象徴する政治哲学者といわれることもある。さて、この恐怖なんだけど、人間は最終的には恐怖に突き動かされて生きている。それは国家というものを作り上げるときも、そうだったというわけだよ。

フク兄さん ふむ、ふむ……

わたし この恐怖によって生きる人間が、まだ、社会や国家をつくっていなかったときの「自然状態」は、ホッブズによれば「万人による万人の闘争」ということになる。あるいは「人は人に対して狼である」というわけだ。しかし、この自然状態は恐怖に満ちたものだから、何とかみんなで克服しようと思うようになるというんだね。

フク兄さん ちょっと、待った! 自然状態が恐怖に満ちた万人による万人の闘争というのは、誰が見たのじゃ? わしのような者だけが暮らしている自然状態があるとすれば、酒さえあればみんな楽しく暮らしていけると思うがのう。(おっと、核心に触れてきたぞ)

わたし そうなんだ、ホッブズはそういうんだけれど、そのうちに取り上げるロックやルソーといった哲学者たちは、自然状態は平和だったといっている。だから、論じている社会や国家も違ったものになってしまうよね。

フク兄さん わしなど年寄りだから、たとえば南の島は天国で、みんな仲良く遊んで暮らしているというイメージを子供のころ吹き込まれた。これでいくと、自然状態は平和だから、人間はみんな温和な、いい人たちだということになる。

わたし そのとおりだね。(ここらへんは、ほんとうは僕がしゃべるところなんだけど)もちろん、南の島なら平和だというのは正しくないけどね。だから、恐怖をすべての前提としたホッブズの政治哲学は、ここがユニークであり、また、非難されるところでもあったわけなんだ。でも、とりあえず、ホッブズが推論で組み立てた『リヴァイアサン』の成り立ちを追いかけてみると、この恐怖に満ちた「万人による万人にたいする闘争」を克服するために、ひとびとは「コモンウェルス(国家)」を打ち立てる。この国家は、それぞれの人が持っていた、自分の安全を最優先するという自然権を、ある特定の人物に委譲するというかたちで成立するというわけなんだ。

フク兄さん いま、自然何とかといったのう……

わたし あ、自然権(ナチュラル・ライト)だね。これは誰もが持っている、自分で自分を守る権利というわけなんだ。それまでのキリスト教的な考え方によれば、人間は神が与えてくれた自然法(ナチュラル・ロウ)を理性によって知ることができ、その自然法によって人間は秩序をつくっていくというふうに論じていく。ところが、ホッブズは自然法というのは人間が考えた人工物に過ぎなくて、リヴァイアサンを形成する根拠は自然権にあるというふうに論じてみせたんだね。

フク兄さん ………(あれ、もう寝ているのかな)

わたし ややっこしいかもしれないけど、ここらへんは政治思想入門あたりの初級試験に出てくる話なんだ。

フク兄さん なんだか無理をしているような気がするなあ。じゃ、その自然権というのは人工物ではないのか?

わたし それは生物としての人間が、生まれたときから備わっているわけだよ。だって、動物は生きていくために、自分を守るのは当然じゃないか。それができないというなら、単にほかの動物に食われてしまうか、仲間によって殺されてしまうだけだけのことだよ。(ん~と、唯名論的にいえば、これだって人工物かもな。でも、いまは押し切っておこう)

フク兄さん そんなふうにイカメしく考えないで、自然状態というのは楽しいものだとしてしまえば、みんなハッピーになれるのではないか?

わたし それはロックとかルソーの話をするときに、詳しく考えてみることにする。でも、簡単に述べておくと、自然状態が楽しく平和だとしても契約が必要になる。たとえばルソーの場合には、恐怖という情念があることは認めるけど、基本的には平和なんだね。ところが、文明というものが人間を堕落させて、あらたに社会を作り直す必要が生まれる。いずれにせよ、秩序のある社会や国家を生み出すには「社会契約」といわれるものを、みんなで結ばないと仕方ない、という話にもっていくわけなんだね。

フク兄さん ………え、夕食ができた? おお、弟よ、飯ができたぞ、さっそく食べに行こうぞよ。お酒も頼んでおけよ。

わたし なんだか半端になったけれど、仕方ないなあ。もう1回、ホッブズについて話さないとだめだな、これは。……あ、フク兄さん、ちゃんと浴衣を着ていくんだよ。(つづく)

 
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