いさぎよい時代劇ファンタジー;『侍タイムスリッパ―』は真剣勝負の喜劇映画だ
『侍タイムスリッパ―』(2024・安田淳一監督)
映画評論家・内海陽子
わたしの父方が会津人なので、幕末の会津藩士の悲劇にはかなり弱い。もっともこの映画の場合は悲劇がトントン拍子で喜劇に変わっていくので安心だ。主人公を演じる俳優、山口馬木也は無名の無骨な武士にぴったりで、会津にはわりあい好男子が多いから(手前味噌)納得がいく。しかも彼は諦めがいいのか、自分の身に起きたことをうだうだ悩んでいるヒマがないからか、早々に現在地点で生きて行くことを決意する。潔くて好みである。江戸時代の人間が現代にタイムスリップするという設定自体には乗り気になれなかったが、評判を聞いて近所の劇場に行けば、老若男女がゆったり楽しんでいる。
幕末の京都の門前で長州藩士と対戦中、雷が落ち、現代の映画撮影所のセットに着地した会津藩士・高坂新左衛門(山口馬木也)。町人の娘が粗暴な武士にからまれているところを颯爽たる美剣士が助けるというシーンに紛れ込み、余計な助太刀におよんだところを見とがめられる。まもなく、記憶にある寺の門前で住職(福田善晴)に助けられ、撮影所で会った助監督の優子(沙倉ゆうの)と再会、時代劇の“斬られ役”として生きて行くことを決意する。
そもそも彼のこの決意の速さには、さっぱりした身なりでメガネが可愛い優子へのほのかな想いが関係しているのだが、当人にはまだ自覚がない。いちずな侍は“斬られ役”として精進に勤め、その律義で折り目正しい態度が好感を持たれ、彼はみるみる注目株に躍り出る。そしてついに、精鋭監督による時代劇大作の仇役に抜擢される。謙虚な高坂は固辞し続けるが、この大作の主演スター、風見恭一郎(冨家ノリマサ)に対面してみれば、彼こそはかの宿敵、長州藩士だったのである。
まるで落語か講談のようなスピーディで小気味よい展開で、誰にでもわかる。誰にでもわかるうえに、その本気度がずば抜けている。高坂自身の戸惑い、怒り、気位、闘争心は、人生における大問題だが、観客には既になじみのある感情である。なじみがあるからこそ、高坂が本気であればあるほど応援したくなり、応援すればするほど、彼の行動がよく理解できて美しく見える。こういうのが“推し”の心理というものなのだろう。
高坂を囲む人たちの本気度もなかなかである。住職とその夫人(紅萬子)はいかにも好人物だが、人を見る目がしっかりしている。高坂の出自を追求するようなことはせず、彼の人格を認め、努力する姿を認める。当たり前のようだが、世の中はその人間自身よりも付随する情報に左右されるものだ。この映画の主要人物は余計な情報にわずらわされず、すべて、自分の目で判断する。だから物語がぐらぐらしないのである。
殺陣師、関本を演じる峰蘭太郎も断然目を引く。ジーパン姿で撮影に立ち会っていても、背筋がすっと伸びてただ者でないのは明らかで、思わず彼の動きを目で追ってしまう。道場で高坂に殺陣の指導をするシーンの貫録はさすがで、身体によくなじんだ胴着がすがすがしい。そのうえ、高坂の真剣さに押され、ついうっかり(?)みずからが“斬られ役”の演技を選んでしまうあたり、峰蘭太郎はベテランらしい遊び心も見せる。
最も肝になるのが沙倉ゆうのが演じる優子で、首尾一貫して高坂の味方であり、助監督として多くの仕事に励む。高坂に好意を持っているのは当然だが、いたずらにそれをほのめかしたりはせず、最後の最後までプロの助監督としての矜持を保つ。現代娘でありつつ、自分の意志を貫く気概の持ち主=気高い武家娘であるからこそ高坂も惚れたのだろう。高坂が「優子どの」と発する際の緊張感が微笑ましくもそれを物語る。クライマックス、藩士同士の真剣勝負の果てに、優子の真剣=ビンタが弾けるのはほとんど必然である。
このように登場人物が迷いなく気骨がしっかりしているのは、作者の人間観によるものだろう。世の中には得体のしれない人物や出来事が多く、油断も隙も無いわけだが、物語の世界くらいは、やはり整った理想を追う余裕を持ちたい。この映画が本気で本物を追求する姿勢の根っこにあるものは、得体のしれない邪悪なものと本気で戦う意思なのである。この映画から、さらに新しい局面が拓けることを心底願っている。
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内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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