激闘につぐ激闘の『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』;隣のおまわりさんは絶対死なない
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』(2024・リュ・スンワン監督)
映画評論家・内海陽子
2015年に公開された『ベテラン』(リュ・スンワン監督)の第2弾。主人公の刑事ソ・ドチョルを演じるファン・ジョンミンは人目を引くような美男ではないが、9年前よりもっとベテランらしく、ということはいささかくたびれた風合いになり、面構えに味が出た。この刑事がとにかくよく動く。冒頭の違法賭博摘発シーンから出し惜しみすることなく、徹底的に動き、殴られ、殴り、敵を挑発し、傷だらけになって逮捕する。凶悪犯罪捜査班5人の絆は固く、紅一点のミス・ボン(チャン・ユンジュ)も男顔負けの大活躍である。
巷では奇妙な殺人が続く。どうやら法の裁きを免れた犯罪者が、被害者とそっくりな状態で殺されている。人々は、その殺人者を伝説の生きもの“ヘチ”になぞらえて喝采し、人々を煽っているのが「正義部長」と名乗る出自の怪しいユーチューバーだ。ドチョルは、同一犯による連続殺人事件として問題視するが、上層部の反応は鈍い。そうこうするうち、妊婦を過って殺害し、軽い罪で済んだチョン・ソグという札付きの男が出所することになり、「正義部長」らが騒ぎ出す。“ヘチ”がこの機を逃がすはずがない。
いやいやながらチョン・ソグの警護についたドチョルたちの前に、きびきびと働く交番勤務の若手警官パク・ソヌ(チョン・ヘイン)が登場する。ドチョルはむろんのこと、札付き男すらも心を許すほど感じのいい青年だが、ふとした拍子に抜け目のなさそうな顔をする。どうやら彼が本作のドチョルの“相方”のようだ。第一作の『ベテラン』にも、大企業の御曹司の役でわかりやすい美男子が配置された。血気盛んな庶民派刑事対冷たい白皙の貴公子。この対比が本シリーズの基調のようで、韓国犯罪映画の伝統のようでもある。
アクションシーンは敵も味方もひたすら激しくよく動く。第一作は、陰惨さが強調されていたが、本作はぐんとスポーツ感覚が高まっている。そのせいで、過剰な陰惨さが苦手なわたしでもリズムに乗れ、随所に差しはさまれるユーモアを味わえるようになった。ミス・ボン役のチャン・ユンジュが、捜査上の変装で高慢そうなマダムや妖艶な愛人風までを軽々と演じ分けるのも見どころで、ふだんの粗雑な様子との対比に驚く。チャン・ユンジュは絵にかいたような美女ではないが、スタイルばつぐんということがさりげなく示される。
チームの面々はよく動くぶん、よく食べる。チームになじんだパク・ソヌが食堂の閉店時間前にチーム全員の食事を頼んで待っているシーンがある。食事はおそらく冷えているだろうが、みんなの心は温もり、パク・ソヌへの感謝と信頼が増す。観客にとっても心温まるシーンだが、いっぽうで“白皙の貴公子風情”のたくらみを感じて身がすくむ。温もりと冷感。人間社会はこういうものに満ちているような気がして来て、緊張感が続く。
緊張感と言えば、高校生になったドチョルの息子ウジンは校内暴力にさらされており、そこにパク・ソヌが現われ、危機一髪、ウジンを助けるシーンがある。しかしここでシーンはすぐに変わり、助けられたウジンのその後はわからない。9年前は可愛い少年だったウジンは、家庭ではふてくされており、ドチョルには息子と話をする時間もない。あえて描く必要もないような生活感の漂う描写だが、この映画の場合は、異状な仕事環境で生きるドチョルの私生活にも触れることで、彼の人間性をより深く描くことに力を注いでいる。
ドチョルの良さは、「正義部長」の発信したデマによって、保険金目当てに夫を殺害したと決めつけられた外国人の妻とその子供たちのために一肌脱ぐところにも表れる。破られたガラスドアを不器用な手つきでふさぎながら、やさしい言葉をかける。スーパーマンにはなれないが、精いっぱいの努力をする。その姿は「ボーイ・ネクスト・ドア」ならぬ「ポリスマン・ネクスト・ドア」=隣のおまわりさんである。隣のおまわりさんこそは、絶対死なない、そういう祈りのようなものが込められている。
クライマックスはまさに韓国映画ならではの、危機一髪てんこ盛り。存分にお楽しみいただけるようになっており、特に「正義部長」にからんだ笑いのタイミングが絶妙だ。そしてこんなやつに対しても、身体を張ってその命を守ろうとするドチョルの姿がウソに見えないのが素晴しい。「疲れた、ちくしょう~」。隣のおまわりさん、ごくろうさまです!
◎4月11日より全国公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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