ウクライナ戦争と経済(29)ロシア経済はなぜ経済制裁を受けても破綻しないのか?

ロシアの経済が予想に反してなかなか崩壊しない。それどころか、世界的な経済制裁にもかかわらず、通貨のルーブルなどは為替レートが上昇し、GDPも好転するとの見方すらあるのだ。もちろん、ここにはデータの読み方の違いがあるかもしれないが、それほど驚くべき秘密が隠されているわけではない。

英経済誌ジ・エコノミスト8月23日号は「なぜロシア経済は予想を裏切り続けているのか」を掲載して、さまざまな調査機関のデータを駆使しながら、ある意味で当然の結果を示してくれている。念のためにことわっておくが、同誌は親ロシア派ではないどころか、ウクライナ侵攻とその後の惨禍については批判的に(時には悲憤慷慨的に)報道しており、ロシアのプロパガンダに加担しようという意図はないと考えてよい。

まず、ざっと同誌が掲げているグラフを見てみよう。ゴールドマン・サックスのデータに基づいて作成された「カレント・アクティヴィティ・インディケーター」は、経済成長をリアルタイムで計測したものだが、このところロシア経済は成長しているどころか、アメリカやドイツに比べ成長率も高いことがわかる(グラフ1を参照:以下のグラフはすべてThe Economistより)。そんなバカな、と言いたくなるが、別にゴールドマンサックスがロシアに買収されたとも思えない。

こうした見方はJPモルガン・チェースの調査でも同様で、これまでの公式データで見れば、ロシア経済は今年の第2四半期でマイナス4%の後退を見せたが(グラフ2を参照)、JPモルガンによれば「たしかに7月は1.8%縮小したものの、ここにきてエレクトリック製品の消費が再び回復している」。また「需要の代替指標とされる鉄道輸送の数値が堅調」なのも好材料だという。需要があれば交通量も増える、交通量が増えていれば、それだけ需要があったということになるわけだ。

そのいっぽうで、コンサルタント会社クリーブランド・フェデラル・リザーブとブランダイス大学のラファエル・ショーヌルによれば、17.6%まで上昇した期待インフレ率が、むしろ4月になって下落を始めており、いまや11%程度にまで低下している(グラフ3を参照)。もちろん、これは統計学的に割り出した期待インフレ率だから、いまの測定値というわけではないが、これから下がっていくことを示唆しており、消費の上昇には好条件であり、安定した成長にも有利ということになる。

事実、求人倍率が急速に上昇している。求人サイトである「ヘッドハンター」での数値では、1月に3.8倍だったものが5月には5.9倍にジャンプして注目された。ロシア最大の銀行であるスベルバンクのデータでは、実質雇用の中位値がこの春以来急激に上昇しているという。もちろん、輸入も増加しており、ベラルーシ、中国、フランス、ドイツ、日本、韓国などからの輸入額が、2020年1月を100としたとき、すでに100に近づいており、おそらく130を超えるだろうと予想されている(グラフ4を参照)

なぜ、このようなことが起こるのだろうか。同誌は3つの理由をあげている。第一が、「政治」である。「プーチンは経済のことなどまったく分かっていないが、ただし、人事については幸運なことに有能な人を割り振っているようだ」。同誌があげるのは、他でもない中央銀行の総裁であるエリヴィラ・ナビウリアのことで、彼女の名声を高めるところまではいっていないが、金利の上げ下げについての判断は評価が高いという。たしかに、ウクライナ侵攻の直後は金利を上げて通貨ルーブルの価値下落を阻止し、その後、金利を下げていって消費を促すといった、微妙な金融政策を行なっていることは確かである。

ロシア経済が維持できている第二の理由が、ロシアにおける近年の「経済史」だという。ひとことでいえば、あまりに混乱が多いので、いまさら少しぐらい動揺しても、消費者も経営者もショックが大きくないというわけだ。「いまの経済危機も四半世紀で5回目であり、この25年のあいだに1998年、2008年、2014年、2020年の経済危機を体験していることは(混乱や反乱がおきない理由として)大きい」という。

さらに、第三の理由が、「炭化水素」である。つまり、天然ガスと石油がいまのロシア経済を相変わらず支えているのだ。「最近の国際エネルギー・エージェンシーのレポートによると、経済制裁はロシアの石油生産にはそれほど大きなインパクトを与えなかった。ウクライナ侵攻の後にもロシアはEUだけでも850億ドル分の石化エネルギーを売ってきた。このやり方でロシアは外貨を稼いで、そして、それを使っているというのが、ミステリーの種明かしなのだ」。この経済の仕組みが武器や兵士の給料といった戦費も賄っているわけである。ヨーロッパ諸国、とくにドイツなどでは、国際社会へのメンツもあって、「ロシアはゆるせん、天然ガスも買わない」とは口ではいうが、では、本当に今年の厳冬期の対策が出来ているのかといえば、かなり怪しい。(図:ルーブルの金利によるコントロールはロシア中央銀行の最大の「功績」だった)。

ジ・エコノミストは、プーチンが失脚してしまうまで、西側の投資家たちは嫌々ながらもロシアと付き合っていくだろうと予想している。いっぽう、ロシア中央銀行が認めているように、ロシアはいわれているほど外国の産品に依存しているわけではないが、ハイテク製品を初めとする精密機械などは何としてでも手にいれないと立ち行かない。「しばらくは、経済制裁は継続されて、ロシアは高いコストで粗悪品を作り続けることになる。いまのところは、ヨロヨロとながらもロシア経済は進行している」というわけである。

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