ウクライナ戦争と経済(23)米経済は「自己実現的予言」でリセッションを引き起こす
アメリカの株式市場は乱高下が続いているが、6月30日も寄り付きから下落が大きく、ダウなどはすぐに下落幅が500ドルを超えてしまった。いまのような状態になっても株式市場だけが健全でいられるわけはなく、いよいよこれからは「いつリセッションが来るか」がひとつの大きなテーマになるだろう。
フィナンシャルタイムズ紙6月30日付は、まだ市場が開始前から「FRBが投資家を怖がらせるので、2022年には株式市場では9兆ドルがきえる」との記事を掲載した。いうまでもなく、FRBがインフレを抑えようとやっきとなっているので、経済成長に懸念が高まって、アメリカの株式市場から資金が逃げ出してしまったというわけである。
「S&P500の市場価値はアメリカ株式市場のバロメーターだが、2021年末には45兆8000億ドルだったものが、この6月29日の株式市場を終えるベルがなったときには、36兆6000億ドルまで下落してしまった」
同紙が掲載しているグラフをざっと見ただけでも、アメリカの株式市場はベア―(クマ=弱気)に魅入られたも同然で、ウクライナ戦争を始めたロシアの象徴がクマであることを、誰も思い出したくないほどだろう。そのせいか、ひたすらFRBの金利引き上げを批判するわけだが、しかし、他にもコロナ禍があり、さらに遡ればトランプ前大統領の野放図なトラポノミクスが株価を異常に押し上げていた。そもそも、バイデンが行ったコロナ禍対策は、こうなることを十分に予想させるほど巨大なものだったはずである。
しかし、ここまで来てしまえば、ほとんどソフトランディングは望めそうにない。すでにエール大学のロバート・シラー教授が、ブルームバーグ電子版6月7日付で「これから2年間でリセッションが来る可能性はきわめて高く50%といえる」とご託宣を述べていた。シラーは若いときから金融市場の実証的な研究を続けてきて、2000年のITバブルの崩壊も、また、2008年の住宅バブル崩壊後の金融市場危機も予告した。
シラーはこうした金融市場の研究でノーベル経済学賞を受賞したが、それ以前にもバブル崩壊を的中させるので「裁きの日の経済学者」などという綽名がついたほどだ。そのシラーは、コロナ禍が始まる前までは株式市場や住宅市場の崩壊を示唆していたのに、ここ2年ほどは、市場の予測について持って回った言い方をするようになっていた。「私には飛んでいく鳥の方角など分からない」と述べたこともある。
矢継ぎ早に行われた経済対策も、「裁きの日」を先延ばししているだけのことなのは分かっていたのだが、とはいうものの、コロナ禍くらいは終わってからにしたい、と思ったのかもしれない。しかし、いまウクライナ戦争のまっただなかだが、もう、ここまでFRBが金利の引き上げを大ぴらに公表すれば、「裁きの日」は近くなるわけである。それには、ちゃんとした理由もある。
ブルームバーグでインタビューに答えたさいにシラーは、「自己実現的予言」という社会学や行動経済学で使われる用語を持ち出した。これは自分が予言することによって、予言通りの現実を呼び寄せてしまう現象のことだ。たとえば、企業のCEOが「わが社の株は高いが、これは半分くらいが本当だ」などと冗談でいったとする。この発言を聞いたマスコミが「CEOによれば半分が適切」と報道してしまい、投資家たちが不安になって売りに走り、結局、本当に半額になって値が安定するということになるわけである。
このブルームバーグの記事に基づいて、経済誌フォーチュン電子版も同日にシラーの言葉を取り上げたが、こうしたメディアを通じた情報の拡散も、この「自己実現的予言」が成就するのに貢献する可能性もあるわけだ。記事を目にした読者が、「なるほど、シラー先生のいうことだから説得力がある」と考えれば、自分の持っている株式を売ることになるかもしれない。株価が下落すれば企業の資金繰りが悪くなり景気を押し下げる。同時に、家計はそうした様子と情報とが一致していることに気がついてモノを買わなくなる。次第に(シラーがいうには「この2年の間に」)リセッションに近づくわけである。シラーによれば、分かりやすくいえば「恐怖は現実のものとなりうる」ということである。
もうひとつ、付け加えておくべきなのは、こうした自己実現的予言を成就させるのに「好都合」なことには、いまのFRBは人びとの「期待」あるいは「予想」を拡大させる方法を使うようになっている。金利を予告したとおり(あるいは仄めかしたとおり)に動かすというのは、私の記憶ではグリーンスパンの時代からだが(政策金利の長期グラフを見ればすぐに分かる)、これがバブルを大きくしてしまい、また、バブルを大きくなってから崩壊させるのに貢献してきた。今回もパウエル議長は予告して、その範囲内で決定しているが、これこそが「自己実現的予言」の最大の条件になっている。2年はかからないかもしれない。
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