新型コロナの第3波に備える(8)ファイザーのワクチンを検証する
11月9日から10日にかけて、コロナワクチンの話題でもちきりだった。それまでは、トランプがいつ諦めるのかが世界の注目の的だったが、ファイザーとビオンテックのワクチン「BNT16b2」が第3相臨床試験で驚異的な成績を収めたと報じられると、トランプの話題は放り出されて、誰が中心となってこのワクチンを開発したのかという苦労話まで世界を駆け回った。
たしかに、このワクチンはいまのところ良好な成績を収めて、コロナ禍に苦しむ世界を救済してくれそうだ。なにせ、ワクチンの有効性の基準はアメリカの場合50%以上のところ、90%というきわめて高い数値を示したというのだ。東京都知事の小池さんは記者会見で「でも、残りの10%の人には効かない」などといっていたので、ちょっと呆れた。ワクチンは自然免疫に対する援護射撃であって、全員に効くワクチンなど存在しない。しかも、有効性という概念を誤解している可能性もある(後述)。
当然のことながらファイザーやビオンテックの株価は急騰し、他の銘柄も引っ張られたので株式市場には明るいムードが広がった。また、これでもう自粛生活は終わりになると思い込んだ投資家や若者もいたことだろう。もちろん、こうした思い込みは、後ほど検討してみることにするが、ともかく、経済や社会への影響は報じられつくした感がある。そこでこの投稿では、逆に、このBNT16b2とかいうワクチンがどういうものなのか(これも報じられつくしたかもしれないが)、もう一度見ておくことにしよう。
時差の関係で、情報を発信したのが早かったのは、英国のメディアだった。ザ・テレグラフ11月9日付は、かなり詳しい図版を載せ、多くの専門家や政治家のコメントを付して、華々しく報道した。このザ・テレグラフの図版によって、このワクチンの仕組みをざっと見てみよう。
まず、①ワクチン開発者たちがコロナウイルスの遺伝子の一部から遺伝コードを合成する。②その遺伝コードは脆弱なので脂質膜でくるんでやる。③それを人間の体に接種すると、体の中の細胞はコロナウイルスが入ってきたと錯覚する。もちろん、これは偽物のウイルスだから毒性はない。④人間の免疫システムはこの偽物のウイルスに防御的に反応を始め、抗体がつくられT細胞が動き出す。⑤本物のコロナウイルスが人体に入ってきたときには、抗体もT細胞もウイルスと戦う準備ができている。(ここで納得できたら2段落飛ばす)
もちろん、こうしたプロセスはもっと複雑で、微妙なところも多いのだが、まあ、ざっといえばこのようにして、コロナウイルスに対する免疫を人工的につくってしまうのが、ウイルスワクチン接種の全体の仕組みだというわけである。ここでザ・テレグラフが大胆に端折っているのが「なぜ、外から入れた偽物に騙されるのか」という点で、これについては、簡潔に説明しているザ・タイムズ11月10日付の図版(下図)で補足しておこう。
先のザ・テレグラフの図版では遺伝コードを合成するとだけ述べているが、ここで肝心なのは①コロナウイルスについている気持ち悪い突起をつくる遺伝子を、コロナウイルスの遺伝子であるメッセンジャーRNA全体から、そこだけ取り出すわけである。②ワクチンを接種すると、不思議なことに人間の細胞はこのメッセンジャーRNAを自分の細胞の中に取り入れてしまう。③そうすると、さらに不思議なことに人間の細胞がコロナワクチンと同じような突起をつくり始めるので、この突起が刺激となって人体に抗体を作らせたりT細胞を動かすことになる。ただし、このとき、この乗っ取られた細胞はコロナの症状を生み出すことはないことが重要な点なのである(単に免疫システムを刺激する突起をつくるだけだから)。
ここまでで、分かったようでわからないのが、ファイザー=ビオンテック両社のワクチンBNT16b2が成功だとされているのは、第3相臨床試験という治験の最終段階で、有効性90%という高い数値を示しながら、ほとんど副作用が出なかったからだという報道である。たいたい正しいのだろうが、ではこの「有効性」とかいうのはどうやって測るのだろうか。いまのところ、あまり詳しく説明している報道がないが、共同通信社系のヨーロッパ経済ニュースによる「ワクチン治験で有効性90% 米独社、大規模臨床試験で世界初」11月10日付は短いが最低限の情報を与えてくれる。
「両社は7月下旬に第3相臨床試験を開始し、これまでに世界各地の4万3,538人が参加している。両社は、このうち94人の参加者が新型コロナに感染したことが確認された時点で、感染者をワクチンを接種した人と偽薬の接種を受けた人に分けて分析。その結果、2度目のワクチンを受けてから7日で90%の人に予防効果が生じるとのデータが得られた。また、副作用など安全上の深刻な問題も見られていないという」
「偽薬(プラセボ)」によるテストというのが、ワクチンや薬の効果を知るための方法だということは知っている人も多いだろう。たんなる無害な粉みたいなものを飲ませて、本物を飲ませた人と比較するわけである。ワクチンの場合には本物のワクチンと害のない水みたいなものを比較するわけだが、いずれの場合も「本物」といって接種して、感染する環境で暮らしてもらって、それぞれ何%が感染したかを見るわけだ。
では、本物を接種しておけば90%の効き目があるというとき、いったいどういう計算をした結果なのだろうか。ここからは、こころもとない知識をもとにした推測だが、たとえばプラセボを接種した人たちの感染率が5%で、本物のワクチンを接種したひとたちの感染率が0.5%だったとする(これは試験をしている人たちが元のデータをもっているからわかる)。計算は、有効性=1-(本物の感染率/偽物の感染率)=1-(1/10)=9/10=90%ではないかと思われる。つまり、この場合、本物を接種しておけば感染する確率は10分の1に低下させることができるというわけだ(写真:ロイターより)。
ファイザーとビオンテックが発表した数値には、全体の4万3,538人のうち何人が本物で何人が偽物かというデータはない。しかし、これはおそらく統計学的および免疫学的に有効であれば、必ずしも半分ずつでなくてもよいためなのかもしれない。そこらへんが公表されれば、もっとわかりやすいのだが、まあ、90%という数値が本当なら(本当だと思うが)、これはかなりの成績である。
ただし、この数値はあくまで4万3,538人で試験したときの結果にすぎない。たとえば、前出のザ・テレグラフだが、「(かかわった)科学者たちは、この数値は最初のワクチン接種から28日後に測定した数値であるという。しかしながら、彼らは、これから研究を続ければ、最終的なワクチン効果率は動くだろうと警告している」と述べている。つまり、このままの高い数値が維持できるかは保証できないと言っているわけだ。
これは別に、今回の成功に異を唱えているわけではない。あくまで中間的な数値であって、この数値が絶対的なものと考えるべきではないという意味にすぎない。これは、現実に世界中で感染者数が伸びていることを見れば納得いくだろう。しかし、これまでのコロナワクチンの開発をめぐるドタバタを考えれば、いちおう、留保しておいたほうがいいということだろう。
さらに考えておくべきは、このワクチンが実際に使われるようになったとき、はたして人類が新型コロナの問題と決別できるのかどうかである。残念ながらそうではない。これまでも、エイズ、インフルエンザ、マーズなどのウイルスとの戦いは、いまだに終わったとはいえない。ましてや、来年の春ころまでにこのBNT16b2が全世界にまんべんなく行き渡るわけではない。
ひとつは生産が間に合わないと思われることで、大量に製造供給するファイザー社の発表によれば、年内に2,500万人分にあたる5,000万回分がやっとで、来年中になんとか13億回分だという。ということは、小池知事的にいえば「あとの73億5,000万人」はどうなるのだろうか。日本ではファイザー社との契約ではたしか6,000回分は確保したそうだが、あとの9、500万人はどうなるのだろうか。英国の場合は4,000万回分を確保しているが、それでは全国民に回らないので、介護施設関係者や高齢者を優先させ、50歳以上に限定するという計画らしい(上表:The Telegraphより)。
実は、このワクチンの性格が明らかになるにつれて、「決定的」といってよいほどの弱点も指摘されるようになった。このBNT16b2は輸送するさいにはマイナス80度を維持する必要があって、ほとんどの医療施設にそうした備えがあるわけではないのである。たとえ数千万回の契約を結んでも、数千万回のワクチンをマイナス80度で輸送し、それを接種まで保管する設備をすぐにでも作る必要がある。これはかなり厳しい条件だろう。
ロイター11月10日付の「Pfizerのコロナワクチン、供給のネックは超低温保管」はこの問題にかなり鋭く突っ込みを入れている。「専門家によると、超低温保管が欠かせないことで、ファイザーは地方の医療機関や老人ホーム、貧困国など超低温設備を備える資金を持たないかもしれない場所への供給能力に支障が生じる恐れがある」。この問題は先進国の大都市であっても、必ずしも解決がたやすいわけではない。接種する施設まで運んでも、その量が膨大であれば、接種が終わるまでの間、保管しておくのは大変な仕事になる。
こうした現実が明らかになってくれば、政治家としては国民がコロナ禍からの解放を祝って盛り上がり、あとでダメだったときのほうが怖いだろう。特に、何をやってもうまくいっていない英国の場合には、ヌカ喜びをされたらかえってコロナの感染が拡大するかもしれない。ジョンソン首相はワクチンの成功に賛辞を贈るとともに、「われわれが陥る可能性のある最大の失敗は、この危機的状況のなかで気をゆるめることだ」と述べて、ロックダウン的な生活を送る自国の国民に対して警告を発している。
さて、こうした世界的な状況のなかで、いまだに自分たちは陰謀によって、偉大な国家の大統領とその息子から転落させられようとしていると思っている親子がいる。息子のドナルド・トランプ・ジュニアはツイッターで、ファイザーのワクチン成功の発表のタイミングがおかしいとして「こんなタイミング、あっていいの?」と疑問を呈し、びっくり顔の絵文字をつけた文章をツイートした。すかさず、親父のほうが「FDA(米食品医薬品局)と民主党は選挙前に私にワクチンの栄光を与えたくなかった。選挙が終わって5日もしてから発表した」と不満を表明した。もう、世界は彼らを置き去りにして、先へ先へと走り出しているのに、徹底した自己中心主義(トランプ・ファースト)とはすさまじいものである。
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