ウクライナ戦争と経済(21)日本だけが低インフレなのではない?
欧米諸国がインフレ急伸で、次々と金利を上げているのに、日本だけは依然として「景気刺激」を続けている。しかし、世界には日本並みの低インフレの国がけっこうある。こうした国はなぜ低インフレなのだろうか。そして、日本はこれからも金利を上げないで経済を安定化できるのだろうか。
おもしろいデータを掲載したのは、英経済誌ジ・エコノミスト6月20日号の「なぜ何カ所かではインフレが比較的低いのだろうか?」という記事だ。アメリカが8.6%、イギリスは9.0%とかいっているのに、4%以下の国や地域がある。いや、日本と同様に世界標準のコアCPIで見ると2%にも達していないところもあるではないか。ならば、日本経済だって、それほど異常ではないのではないか?
同誌は世界の経済単位上位の42から8つの低インフレ経済をグラフにしている。その8つのうち6つは東アジアあるいは東南アジアにあるというので、そこには共通した理由があるのではないかと探究している。ざっといって、考えられるのは2つ。第一は、中国に典型的だがアフリカに発生した豚の感染症が中国を襲い、約200万頭が失われた。それじゃインフレだろうという人がいるだろうが、そのとおりで、インフレの後の急激なリアクションが(つまり、供給が急増したので)インフレ抑止をもたらしたという。
第二が、いうまでもなくコロナ禍である。東アジアと東南アジアはヨーロッパやアメリカと比べれば穏やかなパンデミックだったが、ただし、それだけに長引いている。そのため、これも中国に見られるように、サプライチェーンが回復しないため経済そのものが低迷して、結果としてインフレ抑制になっているというわけだ。この2つの原因は、中国を中心とした地域に低インフレ地域が存在することを、ある程度は説明しているというわけだ。
ただし、それは今の状態であって、低インフレだった東アジアと東南アジアの国々は、中国をはじめとして、欧米を追いかけインフレ基調に転じていくだろうと予想している。ひとつは中国経済の復活と、もうひとつが、金融政策の追従である。こうした国々の通貨は、直接か間接かの違いはあっても、事実上ドル・ペグ(ドルとの連動を維持する)が多く、アメリカの金利がこれからますます上がっていけば、低インフレ基調からは抜け出すだろうというわけだ。付け加えておけば、ウクライナ戦争が続けばエネルギーと食料の価格も高止まりするだろう。
しかし、その中でも例外になりそうな国があるという。いうまでもなく日本である。同誌は6月19日号に「国民のインフレ期待率が上がりつつある――そして、それを抑えるのは容易ではない」との記事を掲載している。このレポートでは世界的なインフレといまの状況を踏まえて、一般の人びとの「インフレ期待率」(これからどれくらいインフレが進むかの心理的な予想)が、上がっていると指摘している。
こっちの記事でも、他の先進国はインフレ期待率が急上昇しているのに、日本はゆっくりと上昇してはいるものの、ようやく12カ月後に1%上昇という予想にすぎない。かなり特異な存在であることを、改めて印象づけている。しかも、日銀の黒田総裁はアメリカの金利が上がっているのに、日本も金利を上げようというそぶりも見せていない。また、財務省出身者たちも、黒田総裁は来年4月の退任まで、いまの方針は変えないだろうと予測している。
これは余談だが、日本がデフレ基調から脱出できなくなった理由はいろいろ論じられた。たとえば、インフレターゲット論者はひたすら緩和が足りないと主張した。また、日本は巨大な労働市場である中国や東南アジアに隣接しているために、コストプッシュの要素がないためインフレにならないという説もあった。さらに、日本がゼロ金利を続けているから、経済から活力が失われたという説もあった。この説には、金利を上げてしまうと、膨大な財政赤字のために国債発行の費用が急上昇して、財政政策がやりにくくなるから上げないとの、ちょっと陰謀論的なニュアンスもある。
これについては、政府負債が対GDP150%くらいのときに、国債ファンドを売っている金融機関の研究所員が、金利をゼロに近づけて刺激をしないようにすれば、日本の国債はもうしばらくはもつから、国債は売れると論じていたのを読んで、なんだかインフレターゲット論と近いなと感じたことを思い出す。黒田総裁が実行してきたのは「インフレターゲット政策」というよりは、むしろ、財務省OBによる国債安定維持策だったのではないのか。
いずれにせよ、日本経済はこのままでは円安がさらに進んで、悪影響のほうが大きくなることは黒田総裁ですらも認めている。最初に紹介したジ・エコノミストの記事は次のように締めくくっている。「ともかく、日本は他の国と同様にいまでもインフレによって被害を受けていることは間違いない。しかし、(他の国と違うのは)中央銀行の総裁がひたすら、さらに傷を深くする策に没頭していることである」。
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