MMTの懐疑的入門(15)本当に財政赤字は持続可能か

 そろそろスタイルを変えて、MMT(現代貨幣理論)と呼ばれているものの奇妙さについて、もっと率直に述べていきたいと思う。これまでは、できる限りMMTの考え方をなぞってみるというのが、この連載での書き方だった。

 もちろん、それが十分にやれたなどとはいわない。あまりに呆れてしまって、「入門」というより「懐疑」のほうに走ったこともあったのは認める。しかし、L・ランダル・レイの『現代貨幣理論』の翻訳も出たことでもある。これからはそうした「なぞる」という比重を以前より小さくすることにしたい。

 今回はMMTをめぐる論争のひとつである、主権のある政府は財政赤字を続けることができるという主張についてのものだが、もちろん主流派といわれる新古典派の財政学やニューケインジアンの場合分けを繰り返す気はない。そんなことする以前に、MMTの中心人物といわれるL・ランダル・レイが述べていることをよく読めば、彼はほとんど新しい説など言っていないことになってしまうからである。

 財政赤字を続けることができるかという問いに対して、もちろんレイは「できる」と答えている。その説明をするために、比喩としてあげているのがドキュメンタリー映画『スーパー・サイズ・ミー』に出てくる、ある男(モーガンということにしている)の実験の話なのである。

 1日に5000カロリーを摂取させると、モーガンは2000カロリー燃焼する。余った3000カロリーは彼を毎日1ポンド太らせる。にもかかわらず毎日余分なカロリーを与えていくと、計算では宇宙より巨大になってしまうことになる。レイに言わせれば、こういう比喩を用いているのが、財政赤字に反対する経済学者たちだというわけである。

「だが、実際のプロセスはこんな具合に進むのだろうか? 答えはもちろんノーだ。まず、モーガンは永遠に生き続けるわけではない。2番目に、彼は(文字どおり)破裂してしまうか、ダイエットをするだろう。3番目に(これが最も重要だが)、彼の体は自ら調整するだろう」(邦訳より)

 したがって、財政赤字の拡大もモーガンの場合と同じように、第一に、政府が永遠に続くわけではないのだから、赤字が無限大に大きくなることなどない。第二に、その政府が何らかのかたちで対策を考えるだろうから、同じペースで赤字を膨らましていくことなどない。第三に、自動的な調整も働くようになるわけだから、頭でっかちの経済学者たちがいうような無限大に達することなどありえないというわけである。

 おそらく、MMTの信奉者たちは、レイがこうした「モーガンの比喩」を用いる財政赤字タカ派を論破してみせているのを読んで、「さすがはMMTの大御所だ」と感心するのかもしれない。しかし、たしかに財政赤字のタカ派には頭の固い論者が多いかもしれないが、ここまでバカな論者を探すのは難しい。そもそも、そうした頭の固い連中は、モーガンの比喩など使わずに、たいがいは財政赤字そのもので計算してみせるのではないかと思う。

 しかも、肥満していくモーガンが宇宙より大きくなるということはないにしても、ほんとうにダイエットをしたり、生活習慣が変わって調整がとれるようになるのかといえば、それは大いに疑問だといわねばならない。肥満していっても自分ではどうにもならなくなり、ついにはベッドから出られなくなる巨大肥満の人間というのは存在するからである。

 ちょっと変わった写真を集めている「ailovei」というサイトに掲載されている「史上最も太っていた人」を見ると、次のような例がでてくる。フランシス・ジョン・ランク538キロ、ウォルター・ハドソン543キロ、ロバート・バトラー544キロ、キャロルイェーガ544キロ、マヌエル・ウリベ597キロ、ハドソン・モシン・シャエリ610キロ、ジョン・ブラワー・ミノック635キロ。これが記録に残るベスト7の面々である。

 この人たちは普通の生活ができたとは思えないが、途中で破裂することもなく拡大していった。もちろん、さまざまなダイエットを試みたであろうし、また、調整するために努力もしたはずだ。しかし、上記のような巨大な体躯を持つことをストップできなかった。そして、移動するさいにはフォークリフトで部屋から運び出さざるをえなかったのである(上の写真はシャリエ ailovei より。もっとも穏やかな写真を選んだ。衝撃的な映像も多い。ただし、審美的感覚が強い人にはお薦めしない)。

 こうした実例をあげて、私が「ほら、みたことか、レイはこうした人間の存在を知らないのだ」と言いたいのかと思われると心外である。実は、こうした肥満の場合より財政赤字の拡大には、もっとドライブがかかるのではないか、ということを言いたいのである。

 レイを中心とするMMTの理論家たちの貨幣論は、いうまでもなく「計算貨幣」論である。そして、当然のことながら財政赤字の量というのも「計算貨幣」によってはかられるわけである。このとき考えてみたほうがいいと思われるのは、人間が何かに淫するようになってもストップをかけやすいのは、フィジカルな制約があるものなのか、それとも抽象的で触ることのできないものなのか、ということである。

 財政赤字が持続可能であることを述べるために、こうしたフィジカルな例をあげて、こんなものには限界があるとうそぶいているのは、それこそ「頭のかたい研究者」そのものなのではないのか。人間は肥満的肉体というフィジカルな制約があるものですら、想像を絶した逸脱をしてしまう。それならば、「計算貨幣」と呼ばれる「キーストローク」で操作できるものはなおさら暴走しやすいのではあるまいか。

 ここでこの話をやめてしまってもいいのだが、それではあまりにも問題を心理的なものとして論じているように思われてしまうかもしれない。レイはこの話をした後、さらに、インフレが続けば税収を増加させるので財政赤字を減らすという話や、財政赤字を続けて民間資産が増えれば民間は支出を増やすという変化もあるという楽観的な話をさんざんしたのちに次のように述べるのである。

「政府の継続的な財政赤字はインフレをもたらす可能性があり、政策の変化をもたらす可能性がある。そのため、財政赤字が『永久に』続く可能性は低い。従って、政府の財政赤字は『持続可能だ』という場合、それは単に、『主権を有する政府は支払いがどれだけ増えても、期限どおりにすべての支払い(利息の支払いを含む)を続けられる』という意味にすぎない。政府はあえて支払わないという選択する可能性もある」

 このように言いながら、財政赤字の対GDP債務比率が拡散しない条件として「g≧r」(g=GDP成長率、r=金利)をあげているが、これはいわゆる主流派といわれる経済学の本にも出てくることなので、ほっとすればいいのだが、妙にがっかりしてしまう。

 いろいろ、見栄を切ってみせているけれど、結局のところ、このように後から条件を加えていってごく普通の話になってしまうのも、MMTの奇妙なところである。これでは、経済成長率が金利を上回るようにして、インフレが昂進すれば財政赤字をやめるという常識的な話であり、デフォルトも政治的な理由ならいくらでもあると言ったに等しいだろう。「不当表示」にならないのだろうか(なお、冒頭の図版はレイ他『政府支出』より)。

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