MMTの懐疑的入門(10)財政黒字が景気後退を生む?

 この連載を始めてから、いろいろご意見もあったが、それは予想していたことで、別に特に気にとめるようなことではなかった。何かを発表すれば何らかの反応があるのは、ごく当たり前のことなのである。

 とはいうものの、この連載の第9回に対してどなたかが「この人はMMTというのはヴァーティカルマネーだと信じ込んでしまっている」と呆れてみせ、「MMTはバブル崩壊の前に財政黒字が先行するなんていってない」と断言し、この論者は「暴走している」と批判していると友人に言われたのには、さすがに首を傾げた。

 MMTの大御所であるL・R・レイが書いた入門書『現代貨幣理論』を読めば、ほとんどの読者が、レイはヴァーティカルマネーを中心に論じていることは分かるはずだ。また、財政黒字とバブル崩壊との関係についても、レイは「連邦政府の赤字は家計の赤字とは同じではない:では何故」という論文のなかで、次のように述べている。

「アメリカ合衆国もまた6つの不況期を経験している。それぞれの景気後退は1819年、1837年、1857年、1873年、1893年、そして1929年に始まる(ここにどんなパターンがあるか、前出のデータを参照してほしい)。クリントン政権の例外を除けば、巨大な政府負債のすべての甚大な減少の後に、その後に不況期が続いている。クリントン政権の場合も、ブッシュ政権での景気後退があった。すごいユーフォリアがあって、そして私たちはその崩壊の中にいる(ITバブル、住宅バブル崩壊のことだろう:東谷)。……つまり実は、あまり深刻でないものまで入れれば、ほとんど常に連邦政府の財政赤字緊縮のあとには経済の落ち込みが来ているわけだ」

 ここでいう「パターン」とは、ほかでもない、不況に突入するまえに財政赤字の大幅な削減が見られることで、表にしておいたので(上)ご覧いただきたい。もちろん、レイが示唆しているのは厳密な自然法則的なパターンではないが、好況期だと判断して、あるいは政治家が信念によって急激な財政赤字の削減(単年度では黒字になる)を行うと、不況期がやってくるということだ。ここに強い相関関係を認め、また、MMT流の分析を展開するよい例だと考えていることは間違いない。

 ただし、MMTとひとくちにいっても、いろいろあるから、誰の本や論文のことを「MMT」と考えているかで、「そんなことは言っていない」と強弁することもあるかもしれない。推測するに、このかたはG-Tつまり政府収支を見るべきだと言っていたらしいので、レイよりはビル・ミッチェルの分析法こそMMTだと思っているのかもしれない。

 このG-Tについては、連載では第6回で述べているのでご覧いただきたい。同時に、第5回に寄せられたコメントも参照されたい。また、同じようにバブル期の税金が預金や日銀券といったマネーストックを激減させたと思っている人は、前回のグラフで同時期におけるマネタリーベースの日銀券の上昇を確認していただきたい。また、当時の日銀当座預金も上昇しているだけでなく、その相対的な少なさにも注目したい。(註)

 最近は日本でも指摘されるようになっているが、ひとくちにMMTといっても、かなり内容に差が見られる。通貨はソブリン通貨論、財政赤字は恐れるに足りない、為替は変動相場制、政府と中央銀行が一体の統合政府、などの共通性はあっても、分析において必ずしも統一性があるわけではない。

 前回試みたのは、(単年度でみた)財政黒字期が不況期に先行するというレイの説を敷衍していくことで、それではレイが金融経済を動かしていると主張しているヴァーティカルマネーが、日本の最大の不況期に先行する財政黒字期に、民間部門から引き揚げられたのかどうか、そしてそれはどれくらいだったのかという疑問を、簡単なデータとグラフから推測してみることだった。レイのMMTでは、国債発行によって生まれたマネーも、マネタリーベースということになるはずだろう。

 80年代日本の場合、財政を黒字にしているのは、好景気になったために増加した税収である。そして、税金は原則として「現金」で納める。わたしも納税が遅れたため、直接税務署に行って紙幣と硬貨で納めたことがある。企業などが取引のある銀行を通じて納めるときも、日本銀行にある当座預金を通じて政府の口座に移動させる。つまり、税金というのはヴァーティカルマネー=マネタリーベースの引き揚げというかたちで行われるのである。

 したがって、民間部門にあったマネタリーベースが、ヴァーティカルにどのような動きをするかによってバブルの行く末が決まるとするなら、マネタリーベースは不況についてのひとつの重要な信号といえるだろう。しかし、実際には前回のグラフでみたように、税収が増加してマネタリーベースが減っているはずなのに、データにおいては増えている。つまり、民間部門からの需要に応じる貨幣供給が増えるペースのほうが、税収によって減るペースより早かったということになる。

 もし、マネタリーベースが決定的なものなら、日銀がそれをコントロールすることで、バブルの発生や崩壊も防げると考えても不自然ではないはずだが、実際にはそんなに簡単にはいかない。日銀は貨幣需要に応じて供給をしなくてはならないが、この貨幣需要は実は過度な好況期(バブル期)のユーフォリア(楽観)に大きく左右されているからである。

 90年から始まる80年代バブルの崩壊は、結局のところ、大蔵省の総量規制をきっかけにユーフォリアから覚めたからといわれるが、実はこのとき、規制がかからなかった住専を通じて、それまで以上にリスクの高い不動産に急激に資金が流れた。その結果、その後に始まる「失われた30年」の原因である不良債権をさらに上積みする結果となった。

 何が言いたいかというと、インフレが始まったら税金によってストップできるというMMTの主張の危うさについてである。レイを中心とするMMTでは、ヴァーティカルマネーをコントロールすることが出来るということが前提となっており(そうでなければ、マネタリーベースに注目する理由、インフレは税金で阻止できるという理由が分からなくなる)、それが巨大に膨れ上がった財政赤字を恐れなくてもよいという主張を支えている。

 しかし、いま見てきたようにマネタリーベースが民間部門の需要に応じる役割を果たすかぎり、すくなくともバブル発生期にそれを阻止するのも難しく、また、税金によるインフレ抑制も簡単ではない可能性はきわめて高い。逆に、この貨幣供給を急速に制限することでインフレを停止させようとすると、総量規制のときのような、急激な景気抑制がかかると同時に、貨幣の暴走(シャドーバンキングを含めた)が生まれる危険もあることになる。

(註)細かいことにこだわっても仕方ないが(L・レイの用語でいえばWonkyなのかもしれないが)、(G-T)つまり政府収支が問題だというのなら、むしろ次のようなMMTの教科書に出てくる恒等式を思い出したほうがいいのかもしれない。
  G+iB-T=⊿B+⊿Mh
つまり、政府支出に国債金利支払いを足し、税金をひくと、国債残高増減とマネタリーベース残高増減を足したものになることを意味している。しかし、この場合でも⊿Mhがヴァーティカルマネーであるのは当然である。また、⊿Bも政府がこの国債発行を根拠にして政府小切手を発行し、これは回り回って日銀が政府当座預金から民間銀行当座預金に勘定を移すことで、この貨幣発行プロセスが完了するから、このプロセスで動いた貨幣もヴァーティカルマネーであってMhに含まれている。⊿Bもヴァーテイカルマネーによって生み出され、MMTの概念では貨幣のひとつであり、日銀の定義でも「広義流動性」に入る。そのうえで上に掲げたレイの記述をもとにした表を見直していただきたい。
 レイが取り上げているクリントン政権の財政黒字は、それが続いているうちにITバブルが崩壊しており、また、7~8年もしてから住宅バブルを崩壊させたというのはおかしな話になる。この間、米経済に財政黒字などなかったのだ。さらに、この見方を80年代の日本のバブル形成とその崩壊に適応するのも無理があることは、すでに指摘したとおりである。
 この場合も、⊿Bおよびそれに付随するヴァーテイカルマネーの両方が減少していたにもかかわらず、現金はその減少分を超えるほど(おそらくバブル崩壊後も続いた貨幣需要に応じるかたちで)増えていた。バブルの形成と崩壊はそのほとんどが、経済全体からみれば特定部分に生じるのだが、その影響は全体に広がるという事情を考えれば、少しも不思議なことではない。
 後に日本のインフレターゲット派総帥となる経済学者による日銀批判も、こうしたヴァーティカルマネーの「暴走」をコントロールできなかったと同時に、デフレも食い止められなかったことに向けられたのはよく知られている。しかし、アメリカのFEDもこの点は同じであって、ITバブルとその崩壊を阻止できず、住宅バブルもその崩壊も阻止できなかった。
 では、MMTを応用すればそれが可能になるかといえば、そもそもバブルのピークのとき「さあ、景気がいいから財政出動を持続しよう」という財政当局が、いったいどこに存在するのだろうか。現金による貨幣供給を通じてそれと類似のことを行った日銀の判断と、総量規制をした大蔵省の半端な決断が、さらなる不良債権を生みだしたことを思い出したほうが、よっぽど将来への教訓となるのではないだろうか。

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