MMTの懐疑的入門(2)基本的構図を知っておく

 前回はMMTが考える、政府・中央銀行・民間銀行の「信用創造」について確認しておいたが、これは別にMMTでなくとも同じ認識に至ることになる。ただし、異なってくるのは政府と中央銀行の関係および「統合政府」と「民間」との関係であって、この点は注目する必要がある。

 これまでの普通の考え方に従えば、政府の資金調達はあくまで税金と国債を通じたものであり、直接、中央銀行から通貨を調達するのはタブーとされてきた。もちろん、法律上の例外をもうけることもあるのだが、これまでの財政史を振り返った場合、中央銀行からの直接借出が際限なくなることを阻止するため、あくまで例外にとどめてきたのである。

 しかし、現在の先進国の政府と中央銀行のバランス・シートを並べてみれば、政府が発行した国債の巨額の数字が負債として右側に記載されるいっぽう、中央銀行が保有する国債は政府が発行した国債のかなりの部分に達しており、それが左側の資産に記載されていることに気がつく。そこで、政府も中央銀行もひとくくりに「政府」(「統合政府」と呼んだりする)と考えると、この政府の負債は中央銀行の資産でかなりの部分が相殺されてしまうという議論が出てきてもおかしくない。

 おかしくないと言ったが、そもそも中央銀行の成立史を振り返れば十分におかしいのだが(それは連載のなかで再論する)、MMTの理論家からすれば、すこしもおかしくない。政府の負債巨大化を嘆く必要もなく、また、中央銀行が抱える国債の巨大さに恐怖を覚えなくともよいのだ。日本のある経済評論家などは、「相殺すればいいことだから、すでに日本の財政赤字の問題は解決した」とまで主張している。

 本当に放っておいてよいのか、あるいは財政赤字問題など解決したのかは、今回は措いておくが、MMTの視点からすれば、こうした政府・中央銀行の関係というのが、彼らの「地動説」における常識なのである(HatsugenTodayのブログも参照のこと)。

 こうした政府・中央政府・民間銀行の関係が、いわばマクロ的なファイナンス構造の「縦の関係」であるとすれば、MMTが同時に強調しているのが、民間銀行および家計・企業といった民間部門の「横の関係」である。MMT理論家は、民間部門のあらゆる債務とあらゆる債権は、合計するとゼロになると指摘している。

 そんなバカな、と思う人がいるかもしれないが、MMTが指摘しているのはあくまで「フィナンシャル・アカウンティング」すなわちお金の貸し借りの会計上の話であって、これは少しも不思議なことではない。そもそも、会計というのは借方と貸方がバランスするようになっているのだから、全部合わせればゼロになるのが当然である。

 もちろん、MMTの理論家もこうした話を大発見であるかのように語ったあと、ちゃんとそれは「フィナンシャル・アカウンティング」の話であって、「リアル・アセット」つまり非金融資産の話ではないとことわっている。こうした、「おことわり」を見過ごすと、MMTはとんでもないペテン理論であるとか、あるいは、すごい発見がつぎつぎと出てくる新理論だと思い込むので注意が必要だろう。

 さて、こうしたマクロ・ファイナンスの「横の関係」を提示するのは、もちろん、さきほどまで見てきた「縦の関係」とをクロスさせる、あるいは統合して論じるためである。もし、「横の関係」である民間部門の総計がゼロになるなら、ファイナンスからみた経済を大きくさせたり小さくさせたりしているのは何なのか。

 すぐに分かるように、民間部門に政策遂行のために資金を流したり、国債を売りつけたり、さらに税金で資金を取り上げたりするのは、政府と中央銀行、つまり「統合政府」なのだという、ものすごく単純な構図が浮かび上がって来る。この構図がMMTの基本であって、細かい話を聞いていくさいにも、この構図を思い浮かべないと何のことか分からなくなる。

 つまりは、統合政府が支出してはじめて民間部門のお金が増加し、逆に、統合政府が税金をとると民間部門のお金は減るということを言いたいわけである。この観点からすれば政府の財政黒字なんていうのは、たんに民間部門の資金を吸い上げて枯渇させているに過ぎないということになる。

●こちらもご覧ください
MMTの懐疑的入門(1)まず主張を聞いておこう
MMTの懐疑的入門(2)基本的構図を知っておく
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