MMTの懐疑的入門(1)まず主張を聞いておこう

 すでに多くの読者は、「MMT(現代貨幣理論)」と呼ばれる経済学派が、急速に注目を受けるようになったことを知っているだろう。「自国で発行する通貨はいくらでも発行できる」「財政赤字がいくら大きくても、自国の通貨が発行できれはデフォルト(償還停止)することはない」「MMTによって政府は完全雇用を実現し、社会福祉を充実することができる」などと主張している。

 たとえば経済誌『エコノミスト』などが取り上げた2011年ころには、あまり本気にされず、ただの奇説として面白がられていた。ところが、インターネット上でMMT派の経済学者とポール・クルーグマンなど有名経済学者とが論争を繰り返したことで、俄然注目されるようになり、しかも、多くのブロガーたちがMMT派を支持したので、その主張は急速に広まることとなった。

 彼らが繰り返し論じるのは、その国の政府が発行する通貨が、金や他国の通貨と交換できない不換通貨であり、その国が主権国家(ソブリン・ステイト)ならば、政策に応じていくらでも発行できるということだ。これまでのように、税金を徴収するか国債を発行して得た資金で政策を行わねばならないという観念は、根本的に間違っているというのである。

 この「MMTの懐疑的入門」では、いま急速に支持を獲得しているかに見えるMMT(現代貨幣理論)について、その理論的な概要をなるだけ「ゆっくり」とトレースして、これまで関心をもっていなかった読者に基礎的な知識を提供するとともに、わたしがなぜ「懐疑的」なのかについても論じていきたいと思っている。ジャーナリスティックな解釈は、同時並行的にブログHatsugenTodayで発表するのでご覧いただければ幸いである。

 MMTについては、急速に情報量が高まったが、そのなかには単なる称賛や、自分たちの主張に都合のよいところだけをいただいたようなものも多いいっぽうで、なんらMMTについて理解することなく、ただ批判じみた言葉を口にしたいという衝動だけから論じているものもある。この連載ではなるだけ理解したうえで、そこにどのような落とし穴が待ち構えているかを書いていきたいと思っている。論点のひとつひとつを扱うので、どうしても退屈になりがちである。てっとりばやくわたしの「懐疑的」な見方を知りたい人は、「MMTの懐疑的入門(番外編)入門への入門」があるので、ざっと目を通していただきたい。

 さて、今回はすでに述べているように、MMTの基本的な考え方をまず紹介しているわけだが、たとえば、MMTの代表的論者であるミズーリ=カンザス大学教授のL・ランダル・レイは、『現代貨幣理論 第2版』のなかで、くりかえし次のような問いを発して、MMTの核心的な部分を強調している。クイズのつもりで読んでいただきたい。

(1)政府は財政支出する以前に、(国民から)税金を徴収する必要があるのだろうか。(2)中央銀行は貸出を行う以前に、(民間銀行の)当座預金を受け入れねばならないのだろうか。(3)民間銀行は貸出を行う以前に、(利用者の)普通預金を受け入れねばならないのだろうか。

 もちろん、この3つの問いにたいする答えはすべて「ノー」、つまり、「そうしなくてよい」である。政府は税金を徴収する前に自国の通貨を発行して政策を実行すればいい。それどころか、政府が自国通貨を政策を通じて発行しないと国民が税金を納めるための通貨を手にいれることができない。

 同じように、中央銀行は民間銀行の当座預金がなくとも口座に振り込むことができるし、そうでなければ、預金があったとしても民間銀行はさらなる融資拡大を行うことができない。さらに同じように、民間銀行は企業や個人から預金を集めなくとも貸出ができるし、そうしなければ実物経済は拡大していかない。(註)

 こうした「信用創造」の仕組みを、やや刺激的なかたちで強調するのがMMT派の議論の仕方なのだが、こうした現実(レイは「ディスクリプティブ」と呼ぶ)はプロには知られている。ところが、一般の人あるいは経済学者でも、突きつけられるとしばしば意外に思ってしまうのである。こうした、ディスクリプティブな現実を通じて、そこから冒頭に述べたような、MMTに基づくマクロ経済学による、完全雇用の実現や福祉の拡大といった主張を導きだすのが彼らの流儀だといってよい。

 先回りして言っておくと、MMTの理論家たちは、当然と思われている政府-中央銀行-民間銀行の仕組みを、ディクリプティブに述べることによって、実は、政府と中央銀行を分ける制度をナンセンスなものと印象づけ、この2つを一緒にしてしまう「統合政府」の考え方を前面に推し出そうとしている。彼らにとって中央銀行とは、単なる「政策の選択」の問題にすぎないから、独立性などもたす必要はないのである(これが、そうであるのかは、かなり注意深い議論が必要だと思われるが)。

「いったん、あなたがMMTの基礎を理解すれば、こうした類の問題について、新しい光のなかで理解できるようになる」と、レイは自信たっぷりに述べている。

 これから、ゆっくりとMMTについて考えていくが、多少の忍耐がいるかもしれない。退屈になったら、さきほども述べたようにHatsugenTodayのほうをのぞいていただきたい。

(註)つまり、MMT理論化たちは、政府は「政府貨幣」を発行することによって政策を遂行できる。また、中央銀行は先に民間銀行の口座にお金を振り込むことができる。さらに、民間銀行は預金を入れていない企業や市民に融資することができる、ということを言いたいわけだ。これは、一定の条件があるものの本当である。

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