MMTの懐疑的入門(11)金利はゼロだから怖くない?

 MMTに何らかのかかわりをもつと、ときどきびっくりするような質問を受けることがある。そのなかでも、一瞬、何と答えていいか分からなくなるのが、「MMTを採用すれば金利はゼロになるから、いくらでもお金が手に入るようになって、不況も失業もなくなるんですよね」という質問である。これは、この章を読んでいただくと分かっていただけるように、ものの順序あるいは因果関係をまったく無視した話なのである。

無担保コールレート(オーバーナイト):日銀ホームページ

 この話は、実は、第6回で「クラウディングアウト」のところで、本来は触れておかなくてはならなかったのだが、ちょっとややこしいので、いままで先送りにしてきた。MMTの理論家のひとりであるビル・ミッチェルという人が、「自然利子率はゼロになる」といったというので、日本のMMT派の中にも前出の質問のようなことを、さも真実であるかのように声高に唱える論者がいるらしい。そのせいで、このような「信仰」が生まれたのだろう。しかし、ミッチェルは次のように述べたのである。

「完全雇用という『自然』な政策目標を追及するなら、財政政策は短期金利をゼロに引き下げるという付随的な効果をもつことになる。MMTの研究者は、だから、ゼロ金利が自然だと結論づけるわけなのである」

 すでに第8回目でMMTの雇用保障について読んでいただいた方、あるいは「番外編」でJG(ジョブ・ギャランティ)の問題点に目を通した人には理解しやすいと思うが、MMTが目標としているのが非自発的失業をなくして完全雇用の状態を作りだすことである。そして、彼らが考える完全雇用の状態に向かっていったとき、短期金利(オーバーナイトとか無担保コールレートとか呼ばれる:この金利は他の金利の基準あるいは底になるので重視される。すべての金利がゼロになるわけではない。念のため)は下落していってゼロになるのが当然なのだといっているにすぎない。しかも、この認識が本当に正しいためには、彼らの危うい完全雇用政策が「自然」で正しくなければならないのである。

https://lets-gold.net

 日本のMMT輸入業者のなかには、完全雇用すらもまったく考えていないのに、「MMTによれば、金利はゼロになるのが正しい」などという人がいるから、冒頭のような分けのわからない話も、MMTを信じれば実現すると思いこむ若者が出てくるのだ。いまさら言ってもしかたがないが、自分たちの野心を達成できれば、感情に訴えてもいいという輩の話を真に受けていたら、結局は失望するだけの話である。

 順を追って話していくことにしよう。まず、ゼロ金利についてだが、日本では政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト)がゼロ近傍、あるいはゼロ以下になって久しい。これは金融政策および財政政策によって大量のマネーが市場に出回ったからで、このことを指摘してきたMMTは間違ってはいない。(正確にいえば、大量のマネーが出回って短期金利を下落させることを、好ましいこととして、あるいは仕方なく、介入せずに是認したということである)。

 大学などで教える経済学を学んだ人は、「財政出動をすると金利が上昇してしまうので、クラウディングアウトが起こって効果を削いでしまう」と聞いた人も多いことだろう。したがって、財政出動を行なうよりも金融政策を採用したほうが効果があるとか、財政出動は金融政策が効かなくなったときにだけ採用すべき政策だというのが、いわゆる主流派の経済学教科書に書いてあることである。

 ところが、MMT理論家たちが短期金融市場を観察すると、かならずしもそうではないことがあきらかになっていった。貨幣量が多く供給される状態になると短期金利は下落してしまい、ほおっておくとゼロにまで到達してしまうのである。これは何故かといえば、お金がいくらでもあるとなると、短期市場で貨幣を貸したい者ばかりが多くなり、ついには借りたい人がいなくなるので、金利がついにはゼロになってしまうのだ。

 この現象を真摯に受け止めれば、「財政出動を行なうと金利が上がってしまう」「したがって、金利の上昇を通じて民間企業の仕事が公共事業に取られてしまうクラウディングアウトが生じる」と論じてきた主流派経済学とは、まったく逆といってよい認識になってしまうのである。さらに、詳しく短期市場を観測すれば、金利が下がり始めると中央銀行は金利がゼロにならないように、さまざまな手段によって、むしろ、短期金利を上げようとする場合もあることも確認された。

 念のため付け加えておくと、こうした観察はMMTが正しいと思われるが、金利ゼロにしてしまう(なってしまう)状況というのは、少なくともこれまでは多くの場合不況の最中であった。そこから脱出するために財政出動してもクラウディングアウトが起こらなかったのは、失業や遊休資本がある状況ではクラウディングアウトは起こらないとする、ケインズおよびニューケインジアンの議論と何ら齟齬をきたさなかったわけである。

 実は、こうした短期市場の現象はMMTが主張するよりずっと以前から、短期市場で貨幣の売買をしていた「短資会社」の人たちには知られていることだった。たとえば、日銀が先駆的な「量的緩和」政策を2001年に始めたとき、短資会社のディーラーたちは、「俺たちの仕事を剥奪している」と激しく抗議したほどである。実感としては、まさにそうだったろう。当時、彼らのひとりは「量的緩和が始まると、それまで日銀が支えてかろうじてプラスだった金利はゼロへと転落した」と述べている。

 この量的緩和は黒田総裁のもとでも、「バズーカ砲」と自称するほどに大々的に行なわれたから、日本の短期金利は以前と同じようにゼロに下落して、さらにはマイナスにまで下降していった。では、日本の経済はそれで立ち直ったのだろうか。そうではなかったのである。ここらへんは、「いくら金利がゼロになっても、それは名目金利であって、実質金利はずっと高いプラスの値だ」というインフレターゲット論者の見立ては、この点に関しては間違っていないように思われる(ただし、だからといって金融政策だけに絞るインタゲ政策が正しいというわけではない)。

 さて、2008年に始まったアメリカ発の金融危機のため、世界中が混乱に巻き込まれていったが、では、世界中が短期金利ゼロになったのだろうか。まず、先進国を見てみよう(上から2番目のグラフ参照)。おそらくは政策としてゼロに下落するのを是認するという形で、量的緩和を続行した2015年までのアメリカはゼロに近くなり、ヨーロッパはいまもゼロ、そして以前からゼロの日本はいまやゼロ以下の状態(いちばん上のグラフ参照)だということである。

https://lets-gold.netより

 しかし、開発途上国(いまの言葉でいう新興国)の場合は、必ずしもそうではない。それはそうだろう。たとえば、その国が年率5%くらいの経済成長を遂げているのに、ゼロ金利にして、いくらでもお金が手に入る状態にしたら、あっという間にバブルとなって、その後にやってくる崩壊は経済の根幹をガタガタにしてしまう。こうした国では、金利による景気コントロールというのが有効であって、よほどの景気後退がやってこないかぎり、インフレターゲット政策とかMMTとかの、効きそうで効かない、あるいは効くと思ったら副作用だけの政策を、あえて採用する必要がないからである。

 いまさら言ってもしかたないとは思うが、たとえば1980年代の日本のバブルが小規模なもので終っていたなら、また、2008年に崩壊したアメリカの金融バブルが世界中にリスクの高い証券をばらまくようなものでなかったら、先進諸国は数%の経済成長で我慢して、短期金利もプラスで維持できたかもしれない。つまり、いまのような「金利はゼロが正しい」の状態がやって来なかったかもしれないのである。それは少なくとも望んだものではなかった。したがって、いまそうだからといって、過去も未来もゼロ金利が常態で自然だと思ったら間違う。

 では、こうした状態から脱出するにはどうするか。あるいは、そもそも、こうした金利ゼロの状態から脱出できるのだろうか。この数年の間に、世界経済を揺るがすような「リーマンショック並み」の変動があって、そこで脱出できる国とできない国が色分けされてしまうのか、すべての国が脱出できるのか、あるいは全部の国が脱出できないのか。それは回を改めて述べることにしたい。

 ただ、いま言えるのは、弊害の多いことが予想されるMMTのような新奇な説を導入する必要はないということである。また、仮に日本がいまの「金利ゼロ」で「お金ダブダブなのに経済成長は低い」状態から、何らかのショックによって脱出できたとき、論理的にはプラスの金利がつくようになるのだから、このときの財政政策および金利政策はかなり難しいものになることはたしかだ。なぜなら、毎年、ロールオーバー(既発国債を新発国債に換える)しなくてはならない国債の金利も上昇するだろうし、そのとき資本収益率が経済成長率より低く維持されるかどうかも不明だからである。ここらへんは、いずれ詳しく述べたい。

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