MMTの懐疑的入門(4)ハイパワード・マネーとレヴァレッジ

 前回見たように、MMTでは政府部門から民間部門に垂直的にお金が流されて(あるいはひきあげられて)経済がコントロールされる。このコントロールという言葉も、本当は厳密に使わないとMMT派に文句を言われるだろう。
 たとえば、日銀が民間銀行の日銀口座に貨幣を積んだとしても、これを外生的貨幣供給(エクソジェネス)とはいわず、あくまで民間銀行からの要請に応じただけの内生的貨幣供給(エンドジェネス)なのだが、いっぽう、日銀がオーバーナイト金利の操作のため国債を買ったとすれば、それは外生的貨幣供給だというのである。
 こうした、この学派独特の厳密な使用法にもときどきは付き合わざるを得ないが、前回、ホリゾンタリストとストラクチュラリストの違いを述べておいたのは、そうした事情によるものなのである。彼らは、ディスクリプティブに書いているといいつつも、過去の自派の神学論争を引きずっているので、ときどき何でこんなことにこだわるんだろうと思うことは多い。
 さて、なるだけそうした小道には入らないようにしたいが、今回のテーマである貨幣のピラミッドとレヴァレッジも、MMTの支持者のなかでも異なる意見がありそうなので、ちょっと文献的になるのを許していただきたい。
 ここに掲げた三角形はL・R・レイの入門書『現代貨幣理論 第2版』(まあ、第1版も同じだけれど)に掲載された図版に加工したもので、ヴァーティカル・マネー(垂直貨幣)が政府部門から民間部門に入っていくなかで、それが増幅を起こしながら経済を動かしていくという説明が行なわれている。
 このヴァーティカル・マネーはしばしば「ハイパワード・マネー」とか「ベース・マネー」と呼ばれており、増幅作用のことは「レヴァレッジ」と記述されている。ハイパワード・マネーならば主流派でも使われるし、レヴァレッジならばファイナンス理論などでも使用される。そこで、そのまま受け止めてしまうと混乱を起こしてしまうだろう。
 まず、ハイパワード・マネー(日本ではマネタリーベース)を認めているなら、その結果として生まれるマネーサプライも考えているのかと思うと、MMTではマネーサプライ(マネーストック)という考え方は取らない。そもそも、たいがいの経済学教科書にでている、MV=PY(貨幣×流通速度=価格×生産量)をそのまま素直に使っていないので、気をつけねばならない。
 また、レヴァレッジというから、ヘッジファンドあたりが少額の手元金を見せ金にして膨大な金額の投資をやることかと思ったら、レイに怒られるだろう。ここではあくまで、ヴァーティカル・マネーが(求めに応じるかたちで)民間部門に流し込まれて、それがフィナンシャル・アカウンティング上では最終的にゼロになるホリゾンタル・マネーを動かし、経済生産を活性化していく過程で経済が増幅していることをさしていると見なさざるをえない。
 この点、ホリゾンタルな世界については、フィナンシャルにはゼロになるということばかり強調するので、ここで起こる経済の拡大や信用拡大はどうなっているんだ、などとは思ってはいけない。ちゃんとレイは出世作である『現代貨幣の理解』のなかで次のように述べているのである。
「大豆生産のみが『正味』の大豆を生みだすのであり、ホリゾンタルな部分ではこれに『レヴァレッジ』がかかる。たとえば先物市場では大豆の先物取引が行われ、ロング(買い)とショート(売り)が膨らんでいくが、結局は(フィナンシャル・アカウンティング上は)ゼロになる。これは大豆の在庫量とは関係なく進行するわけで、ちょうど大豆が不換貨幣(つまり垂直マネー)、先物取引が銀行証書(つまり水平マネー)の比喩になっている」
 これで納得というわけにはいかない。まず、ハイパワード・マネーだが、これがマネタリーサプライを順調に増やすとはいえないということは、とおの昔から分かっていた。米80年代の金融危機のさいに、フリードマンを中心とするマネタリストたちは自説によって増加させるべき貨幣量を計算して発表したが、FRB議長だったポール・ボルカーは事実上無視して、マネタリストの数値をはるかに超える貨幣量を供給して危機を乗り越えた。
 この話については、ポール・クルーグマンがお得意だが、「ミクロ経済学を基礎としたマクロ経済学」のG・マンキューの教科書にも出ている話で、何のことはない、マネタリーベースと経済成長との間の「一定の関係」というのは、必ずしも堅固なものでないどころか、経済の変動期にはまったく信用ができないものとなるのだ。
 ということは、ハイパワード・マネーに注目することでマネタリーサプライを増やすとかいっていた日本のインフレターゲット派は、まったく馬鹿げたことをやっただけでなく、インタゲ説の元祖であるクルーグマンをも裏切っていた(彼は、1998年の論文でこの2つの関係はあやしいので、ひっくり返し版(inverted つまりインフレ退治ではなくデフレ退治の)インタゲをやるしかないと書いていたのである)。
 さらに、ということは、そのインタゲが失敗したいま、てっとりばやく景気をよくしようと思うなら、やっぱり財政出動であり政府部門のスペンディング(支出)だ(頭のよいクルーグマンはインタゲが悲惨な最期を遂げる前に転向した)というのは、別にMMTでなくともたどり着く話で、事実、別にシムズ理論なんか振り返らなくても、先進諸国がすでに実際にやってきたことではないのだろうか。
 また、レヴァレッジを生みだすのは、ハイパワード・マネーだと言っているのだが、これが従来のハイパワード・マネー概念と違わないとすれば、それは単に民間部門からの要求に応えることによって内生的に供給するものでしかないということになる。
 つまり、民間部門にとって貯蓄となる貨幣供給ができるのは、政府部門のスペンディングだけということになり(実際、そう言っている)、レイをはじめとするストラクチュラリストたちは、理論においてどこが「内生的」貨幣供給理論なんだ、実践においてどこがいまのニュー・ケインジアンと違うんだ、ということになりかねない。
 これは次回、MMTが法律的には禁じられている、中央銀行による国債の直接引き受けを、どのようにしてクリアしてきたかを分析している部分を紹介しながら、もういちど厳密に(といっても、常識ていどの厳密さだが)考えてみようと思う。

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