ポスト・コロナ経済の真実(18)中国バブル崩壊は政府が融資したくらいでは終わらない

中国経済はすでに、日本の不動産バブルが崩壊したときと酷似した症状を示し始めている。不動産ビジネスとマネー・ゲームとの組み合わせにより、数十年のあいだ急速な経済成長を遂げたものの、いったん歯車が逆回転し始めるや、不動産は巨大な不良債権に姿を変えて経済の回復を阻止しはじめた。この危機状況から抜け出す方法が求められているのだ。

英経済誌ジ・エコノミスト9月10日号に日本人の中年以上にとって懐かしい人物が登場している。野村総研のリチャード・クーである。彼は1990年代に日本経済が「失われた10年」に入ったさいに、思い切った財政出動で切り抜けることしか、日本経済が復活する道はないと主張して注目された。その後もこの主張を続けて、ついには戦時体制に相当する巨大な財政出動が必要だとまで論じた。

クーが思い切った財政出動を唱え始めたころは、日本の財政赤字は対GDP比で100%にも到達していなかった。いまだに「あのときリチャード・クーの言うことをきいていればよかった」という経済評論家も存在する。アメリカが第二次世界大戦のさいに抱え込んだ財政赤字は対GDP比で120%程度だから、いまの日本の260%の2分の1以下である。MMTなどが主張する以前に、クーがすでに言っていたと指摘する人もいる。

このときクーが財政出動を主張する根拠になったのは「バランスシート不況」論だった。クーがアメリカのニューヨーク連銀にいたとき、上司だった連銀エコノミストであるエドワード・フリーデルが、湾岸戦争後のアメリカ経済を分析して、多くの企業のバランスシートに負債がたまっていることを発見した。負債額が大きいと企業はなんとか返済して良好なバランスを保とうとするが、そのため新規の投資は不可能になってしまう。

こうした企業が多くなってしまうと、全体としてその国の経済には活気が失われるだけでなく、パフォーマンスが低下して金融機関による融資が次々に焦げ付いてしまい、企業だけでなく金融機関じたいが不良債権の塊になっていく。その不良債権を減らすには政府が継続的に財政出動するほかないというのが、当時のリチャード・クーが展開した日本経済回復策だった。

ジ・エコノミストのこの記事はふれていないが、同じように「バランスシート不況」に注目したアメリカの経済学者がいた。後にFRB議長となるバーナンキで、彼は1930年代の不況を含めた歴史的な考察と、現実に進行していた日本の不況を研究したが、そのための処方箋は大胆な金融緩和を断行することだとした。ところが、自分がアメリカの住宅バブル崩壊の後始末をするはめになったさいには、金融だけでは効果がなく、もっと直接的に、証券化されていた負債の買い取りや量的緩和に依存することになった。

さて、リチャード・クーと中国経済に戻るが、今回の中国の不動産バブルに対する彼の処方箋はどのようなものかというと、銀行のバランスシートが悪化して「家計や企業が銀行からお金が借りられなくなったのなら、そのときは政府が銀行に代わって融資すればいい」というものだ。彼は「(政府の)財政赤字は(民間の)金融黒字に転じる」とも言っていて、「バランスシートが回復するまで」それを続ければいいという。この部分だけに注目すればMMTみたいだが、MMTの政府の財政赤字はG=政府支出であって、政府の融資ではないから厳密には異なっている。そもそも、融資ならば民間は負債が増えることになって、金利の設定によってはむしろ追い詰められる。

バブルが崩壊したとき、どんな国でもそのまま放置するようなことはしない。日本のように宮澤喜一政権が不良債権の買い取りを示唆したのに、財界とマスコミが「金融業界への優遇」と激しく批判したので不良債権が増殖するのに任せたという国は珍しいだろう。しかも、そのたまりにたまった不良債権の元になった不動産を、小泉政権の時代に政府が介在して、外国の金融機関に安く買いたたかせたというのは、ほとんどミステリーに近いものがあった。宮沢がせっかく思いついたことを断行できなかったというのは、いかにも宮沢らしいが、これに自由経済を盾にして反対した財界と経済マスコミは、そんなことは忘れてしまっているのだから、どうしようもない。また、いまも小泉政権を評価する人がいるが、こんな売国奴政権をいつまでの懐かしがっているほうがどうかしている。

たとえば、バーナンキは日本の愚行から教訓を得ていたので、証券化されていた不良債権を可能な限りFRBが買い上げて、バブル崩壊のショックが過ぎ去ってから、買値より高く売って黒字を出した。その前のFRB議長グリーンスパンの場合には、ITバブルでアメリカ国民の1兆ドルの資産が失われたので、ブッシュ大統領と連携して住宅バブルに誘導し、一時は3兆ドルの資産が新たに生まれた。しかし、これが住宅バブル崩壊後に住宅バブルと金融危機を生み出したので、バーナンキはバブル崩壊に対して新しいバブルで対応するのは賢くないと分かっていた。

中国の場合、たとえばリチャード・クー方式で政府が銀行の代わりをすれば、経済は回復するのだろうか。「クーは中国と日本では『巨大な』違いがあると言う」。では、それはどんな違いだろうか。「日本がバランスシート不況になったとき、誰もバランスシート不況だと呼ばなかったし、また、その対策を考え付かなかった。しかし、いま中国はリチャード・クーの説と対策を知っている」。

いかにもハッタリめいた言いかたは、かつて彼が日本で注目されていたころと少しも変わっていない。しかし、このバランスシートに負債がたまって不況を生み出しているという考え方は、別にクーが初めてではなかった。そもそも、そのことは本人がエドワード・フリーデルの名前を出していることからも分かるだろう。似たような知見ならば、すでに1930年代にアメリカの経済学者フィッシャーが「デット・デフレ理論」を提示していたし、また、前述のようにバーナンキも同様の説を洗練化していたのである。しかし、今回のクーの主張はかつての財政支出の継続的拡大とは、実は、まったく違う。財政支出は(G=Sを信じるMMTが主張するように、そのまま民間の貯蓄になるかはともかく)公共投資を通じて経済を刺激するという経路がある。

いまの段階で新しい融資を行ってしまえば、むしろ2000年のITバブル崩壊後に新たに別のバブルを起こしたブッシュ=グリーンスパンによる、官製住宅バブル政策に近づく危険がある。また、この場合には、中国人民に新しい融資があればビジネスに意欲的になれるような、経済に対する信頼性が残っているか否かも問題である。果たして人民は借りてまでビジネスをしたいのだろうか。また、どれくらいの金利ならば借りる人がいるのか。これも日本の不動産バブル崩壊後にテーマとなった微妙な問題だ。日本では金利を下げてもマクロ的に融資は伸びなかった。下手な融資が倒産を増やす側面もあった。いずれにせよ、ちょっとした思い付きだけでは、不動産バブル崩壊後の立ち直りはかなり困難だと思ったほうがいい。

ジ・エコノミストの記事の締め括りは、せっかくのリチャード・クーの提案は中国政府には採用されていないという話になっている。「中国の危機が長期の景気後退に転落してしまったのは、民間セクターがその融資をバランスシートから抹消してしまったからではなくて、中央政府が自分たちのバランスシートを汚すことを拒否しているからなのだ」。これを書いた同誌のライターは、世界に起こったいくつもの不動産バブル崩壊の複雑さと凄まじさを知らないようだ。

中国のように、数十年にわたって日本以上の負債を積み上げてしまったからには、多少の融資を政府が実行したくらいで、いまの経済が健全になるとは思えない。そもそも中国人民が購買意欲や投資意欲を失ってしまっているのだ。それでもあえて何かをするとしても、新しいバブルで古いバブル崩壊を解消しようとしたり、中国の民間資産を海外に乱売させたりするのだけはやめたほうがいいだろう。

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