TPPの現在(23)コメの関税700%は当然トランプのデタラメである

日本がコメの輸入に700%の関税をかけているとのトランプ政権の批判が報道された。多少の常識を備えた人からすれば、「おやおや、トランプもいちゃもんをつけるネタに窮したか」と思うだろう。しかし、この類のことに興味を持たなかった日本人や、すなおな欧米人は「さもありなん」と納得してしまったかもしれない。では、どちらが正しいのか。トランプの言論にはウソが多いというのはすでに定評がある。これは完全なウソである。

私は3月12日午前10時のNHKニュースで初めて知ったのだが、同ニュースは「客観報道」に徹してなのか、この700%が本当に正しいのかについては、何もコメントしなかった。やれやれと思いながらネットを開けると、日本経済新聞の見出しが「日本のコメ関税『700%』主張、米トランプ政権、正確さ欠く」としているのは妥当だが、やはり新自由主義が大好きな新聞ゆえか、やや迫力に欠けると感じた。

それよりも、トランプ政権への嫌悪からかもしれないが、毎日新聞がガッツを示しているのが面白いと思った。タイトルが「『コメに700%の高関税』 米大統領報道官が日本を名指し批判」で平凡だが、「日本は輸入米を一定量まで関税ゼロで受け入れるミニマムアクセスの仕組みを設け、米国を含む各国から年77万トンを上限に国が買い取っている。この枠内であれば、米国に課されるコメの関税はゼロだ」とひとまず言い切っている。

腰抜けとしか思えないのが朝日新聞で「レビット氏(報道官)は『700%』という関税率の算定根拠については言及しなかった」と根拠の薄弱さに触れているものの、「日本への言及はコメだけだった。ただ、レビット氏が持っていた紙には、日本が米国産の牛肉や乳製品にかけているとされている関税率も書かれていた」と述べ、締めくくりが「米国が輸入する日本車などに高関税をかければ、日本の産業は大きな打撃を受けかねない」というものだった。コメは700%と言われてもいいけど、輸出頭の自動車はやばいということか?

毎日新聞では概要だけ述べているが、いまのコメの関税制度については、やはり前出の日本経済新聞が経済新聞らしく、かなりの程度書き込んでいる。「レビット氏が引用した数字はやや正確性を欠いている。そもそも日本は輸入米を関税ゼロで受け入れる『ミニマムアクセス(最低輸入量)』の仕組みを取り入れており、現在は国が77万トンを無税で輸入して販売している」と説明している。そしてさらに、次のように実際の数値も並べている。

「ミニマムアクセスの枠外で輸入する際には関税がかかる。日本は重量に応じて課税する仕組みを採っており、1キロ当たり341円だ。農水省は2005年の世界貿易機関(WTO)交渉時に関税額を税率に換算した。当時のコメ国際相場などを勘案して778%と説明した経緯があり、レビット氏が指摘した『700%』はこの数字を指している可能性がある。ただ、国際市況の変動によってこの換算率は変わる。内外のコメ価格の差の縮小を加味して、農水省は再計算し、13年には実質関税率を280%に修正した。直近では、国際的なコメ相場の価格と比較して単純計算した実質関税率で400%強になるとみられる」

しかし、ここまで書くならば、コメの国際市場というのは不安定で、小麦などの巨大な世界市場とはまったく性格を異にしていることも付け加えるべきだったのではないか。穀物の市場としては、小麦やトウモロコシに比べて極めて小さく、また、大部分が食料として用いられているため、産地である国家のほとんどが事実上の政府管理を行い、自国のコメを確保しているので、ちょっとした気候変動でも国際価格が高騰しやすいのである。

今回の700%で思い出したのが、TPPについての論争が華やかだったころ、コンニャクへの関税が800%だという報道だった。欧米の新聞も大喜びでこの数字を報じた。もちろん、日本のコンニャク芋の産地が総理大臣を現憲法下4人も輩出した群馬県に集中していることと関係があるが、しかし、これなど800%だろうと1000%だろうと、あるいは200%だろうと同じだと言われたものだ。ようするに、輸入しませんよというメッセージで、当時は日本以外の産地は東南アジアの山奥くらいなもので、現実問題として日本にコンニャク芋を輸出して、巨万の富を築こうとする国も外国企業もなかった。(なお、いまは関税率が20.3%になっているらしい。いまや中国からの輸入が圧倒的だというが、たぶん、日本の商社が絡んで推進したのではないか)

コメの備蓄米がいよいよ放出のプロセスに入っているが、いまの価格高騰を抑えられないのではないかといわれる。誰かが密かにストックしているのは確かでも、それが特定できないし、ある程度できても効果的な手段がないというのだ。そこらあたりのリポートはブルームバーグ3月12日付の「『消えたコメ』の謎は解けず、価格高騰が消費者や政策翻弄―備蓄マン放出」でも読んでいただくのがいいだろう。流通過程でストックされてしまうと、対策をとってもすぐには効果が出ないのは、1973年のトイレットペーパーでも、また、最近でいえばアベノマスク事件で知られるマスクの欠乏を思い出すべきだろう。

農業生産物が欠乏すると、必ず「これは農協が価格つり上げをやっているからだ」という人が登場してまことしやかに論じる。しかし、2014年ころのバター価格の高騰のさいにも同じことをいっていたが、これは実はバター価格の安定に責任のある独立行政法人農畜産業振興機構が、暑い夏が続いたために国内の生乳の生産がガタ減りして、バターが不足するのは十分に予測できたのに、同法人が任務としてするべき外国バターの輸入量増加をろくろくしなかったために生じたものだった。

こうした事実が分かってくると、決まって主張されるのが「ほら、やっぱり私の言ったとおりだ。農協関係者が農業系議員をつかって独立行政法人に圧力をかけたからだ」というご高説である。しかし、1980年代ならともかく、農業人口がきわめて希少になった現在において、農協そのものの政治力も著しく低下しており、そんな政治パワーはもうなくなったとみたほうが正しいのではないか。

バターの急騰のさいにも北海道の農協系団体がやり玉に挙げられてテレビで批判が続いたが、どこかに悪玉がいてそれを叩けばいいなら、あのバカバカしいアベノマスクが登場することなどなかったはずである。マスク製造はそれほど難しくないはずなのに、新規にマスクを製造してもなかなか市場には出回らなかった。自民党のマスク系議員(そんなのいないだろうけれど、便宜的に)を説得すればマスク市場は正常化され、安倍晋三が政権を放り出すことにはならなかったはずである。まあ、コメ関税700%はざっといえばウソ話であり、いかにもトランプ政権らしいあざといやり口というしかない。

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