コロナ恐慌からの脱出(1)いまこそパニックの歴史に目を向けよう
いまも株価は乱高下している。不安を掻き立てる情報が流れれば暴落し、多少希望が生まれる話が流れただけで高騰したりする。景気後退を否定する経済評論家はもういない。これから何が起こるのか。そして何をすべきなのか。こんなときこそ、これまでの恐慌の歴史を振り返ってみる必要がある。
もちろん、歴史はそのまま繰り返さない。しかし、類似した現象はしばしば起こる。さらには、本当に起こったことが伝わっていないことは多い。だから、ずっと後になって真実が明らかになると「なんでこんなバカなことをしていたのか」と思うことは珍しくないのである。
このシリーズでは、繰り返しこれまでの経済パニックや不況のことを取り上げる。それは当時の人たちをそのまま真似すればいいからではなくて、逆に、彼らがどんなに見当違いのことをしたのかということを知るためだ。とくに、経済学においては歴史というものが、都合のよいように書き変えられている場合が多い。
たとえば、1929年に始まる世界恐慌から脱出できたのはなぜだろうか。多くの人は「それはルーズベルトがケインズ主義を採用したからだよ」と答える。しかし、それは間違いである。ケインズ主義的なものになったとしても、それは恐慌から脱出することになってから理由づけにされただけだ。
恐慌の真っ最中、ルーズベルト大統領と英国の経済学者ケインズの面談は行われた。しかし、結果は惨憺たるものだった。ともかく、二人の相性が最低だったのだ。ルーズベルトは「あの男は数学者みたいだったよ」と側近に語り、ケインズは「なんだ、ルーズベルトは何もわかってない」とがっかりした。
では、当時、アメリカの代表的な経済学者でマネタリズムの父といわれるアービング・フィッシャーはどうしていたのだろうか。後になってマネタリズムが隆盛をきわめたころ、ルーズベルトに影響を与えたのはフィッシャーだという説が語られた。フィッシャーは多くの提言をして、いくつも採用されたというのだ。
しかし、この話も後につくられた神話であって、ルーズベルト政権の経済担当者たちに、フィッシャーが提言をしたことは確かだが、株価暴落を予測できなかったせいで名声は地に落ちていて、ほとんど相手にされなかった。採用されたと主張したのは、フィッシャーの息子であって、父親の回想記を書いたときに、父親から聞いた話をそのまま書いたことが、マネタリストの一部で歴史とされたのである。
では、恐慌に対して採用された経済政策は誰が考えたのだろうか。それは、ルーズベルト政権にやとわれた、いまはほとんど忘れ去られた経済学者たちであって、しかも、中心的人物の専門は農業経済学だったといわれる。それでも、ほかのスタッフとともに、いくつもの効き目がありそうな対策をうちだしている。
ところが、ルーズベルト政権が始めた恐慌対策は、そのいくつもが裁判で「違憲」とされて挫折を余儀なくされた。国民の自由を阻害し、経済活動を邪魔するものとされたのである。にもかかわらず、ルーズベルトの政策のなかに意外に有効なものがあった。そして、これが大きかったのだが、彼の傲慢なスタイルが国民の信頼感を生んだ。
こうした、歴史を忘れてしまうと、ルーズベルトが登場して、ケインズの協力を得て経済政策を打ち出し、そして見事に恐慌から脱出したという、あまりに単純化した、しかも間違いを多く含んだイメージをもち、経済政策も多くの間違いを含んだものになるのだ。だが、ルーズベルトは本来は財政均衡論者だったので、第2期になるとそれまでの政策をやめてしまい、不況へと後戻りしてしまった。それは「ルーズベルト不況」と呼ばれた。
2008年の金融危機のときにも、マネタリズムが優勢だったせいもあるだろう、恐慌期に行われた経済政策のなかで効いたのは金融政策であって、財政政策はゼロではないにしても、ほとんど効果はなかった、などという説が力をもったことがある。
いまのように「反緊縮」が流行りの時期には考えられない話だが、いちおう数学をつかって「証明」したことになっていた。やがて、単なる金融だけでは効果がないことが現実に明らかになると、金融政策を唱えた人たちの多くが、財政政策推進に転じていったことは記憶に新しい。
さて、イントロダクションはこれくらいにしよう。次回からは具体的に、なるだけ歴史的事実に寄りながら、可能な限りそれを論理として提示したいと思う。
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