TPPの現在(8)なお続く日米貿易協定の大本営発表
前回の「TPPの現在(7)奇怪な日米貿易協定の政府試算」で予想していたとおり、国会で安倍総理は自動車および自動車部品の関税撤廃は、たとえアメリカ側が受け入れてなくとも「継続交渉」になっているのだから、それをプラスとして試算にいれるのは問題ないと答弁した。当然、そうするとは思っていたが、あまりにも想定した台詞と同じなのでガッカリしてしまった。
今回の日米貿易協定が、トランプを相手にしたとしては、まあまあの防衛ができたという評価は多いが(これだって、すでに述べたように、トランプの「ディール」に翻弄されているわけだが)、日本経済新聞の10月24日付を眺めていたら、「互角以上の成果」とあって顎がはずれた。
ある、TPP賛成派の経済学者による分析なので、よく考えれば仕方ないのかもしれないが、ここまで言うのはちょっと「冒険」ではないだろうか。ここに引用する対照表は論者のものか新聞社作成なのか分からないが、ほぼ、日経の本文を書いた論者と同じ見解に立つものであろう。
この論者は、たとえば「コメはTPPで米国に無税枠を認めたが、今回は認めなかった」とか、「砂糖類・加糖調製品・砂糖菓子も、TPPでは関税割当を設定したが、今回は関税引き下げに応じなかった」とか、「日本の関心が高いしょうゆ、柿、盆栽など42品目の関税を撤廃・削減した」などと、日本の「成果」を数え上げるのに余念がない。
もちろん、こうした輸出品を製造している日本の関係者は喜んだと思うが、それがどれほどの数値になっていくのかという点については触れていない。それは牛肉についての記述でも同じで、「米国の自由化約束では、農産品については日本からの牛肉は現行の低関税の輸入枠200トンを『その他の国』枠に統合し、輸入枠を実質的に拡大した」という。
しかし、では日本がアメリカからどれくらいの牛肉を押し込まれているかを、前出の表から読みとってみよう。「関税削減はTPP(TPP12のこと:東谷)と同じ。セーフガード発動基準量は初年度が24万2千トン」とあって、しかも、この枠がもういっぱいになろうとしていると報道されている。つまり、20数万トンということで、「200トンを数万トンの枠内にいれてくださった、ああ、ありがたい」と言われても、ちょっと桁が違うのじゃないかと思う。
しかも、この部分はTPP12ではどうなっていたかというと、「米国向けの牛肉については、15年目で関税が撤廃されるまでの間、現行の米国向け輸出実績の20~40倍(3,000t(当初)→6,250(最終年))に相当する数量の無税枠」だったわけで、これから他の国と摩擦を起こしながら増やしていくのと、最初から6千250トン保証されるのと、どちらがいいかといったら、もちろん後者だろう。
こうした、修辞的ともいえる問題ぼかしがあることからすれば、この論者も本当は今回の日米貿易協定がトランプの脅しに圧倒されたことを認めているのではないかと思えてくる。すでにこのシリーズで述べたが、TPP12の代表的推進論者が「こんな協定はいらない」といっているほどのボロ負けなのだ。
ここで簡単な計算をしてみよう。日本の米国への自動車輸出は金額にしてどのくらいだろうか。2018年で4兆5241億円であり、これに2.5%をかければ1131億円ということになる。これは単純計算であり自動車部品は含まないなど大ざっぱな数字だが、これだけの金額をお菓子や柿や高級牛肉の増加分が「互角以上」にカバーしてくれるのだろうか。
まあ、この論者の方が「総合的に考えれば、自分の見解では互角以上だ」というのであればしかたないが、もうひとつ、今回、指摘しておきたいのは、本当にアメリカが表にあるように「さらなる交渉による関税撤廃を約束」したのかというと、やはりこれは疑わしいということである。
日経の本文を書いている論者は、この表とはちょっとニュアンスが違う気がするので、その部分を引用しておくことにする。「自動車・自動車部品は関税撤廃・引き下げを約束しなかった。……関税率の撤廃・削減のスケジュールを示す譲許表の一般的注釈に『関税の撤廃に向けさらなる交渉を行う』との規定がおかれ、継続協議による撤廃が明記された。ただし協議の開始時期や期限は規定されていない」。
この点について、交渉直後にニューヨークで行われた、政府の政策調整統括官による説明というのはひどかった。「今回は米国の譲許表にはっきりと更なる交渉によって関税撤廃ということが明記されているわけですので、わが国としては、何年後に撤廃ということが書かれていませんけれども、自動車と自動車部品について譲許表できちんと明記したということは、自動車と自動車部品についての米国の約束の形であると考えているところです」。何だ、こりゃ?
まず、それは譲許表には明記されていない。譲許表の前にある説明文のいちばん最後に無愛想に付帯的に書かれているにすぎない。「自動車と自動車部品の関税については、これからの撤廃をめざす交渉にゆだねられる」というのだから、何の保証も誠意もありはしない。
ともかく、今回はうまくいったということで押し切ろうという官僚と政治家たち、そして内容が分からない前から、TPPに賛成した新聞や学者のみえみえの思惑など、とてもではないが真に受けることはできないのである。
(すべてが決まってしまってから、朝日新聞が日米貿易協定の独自試算を発表した。結構なことだが、あまりにも遅い。これについては「日米貿易協定は不利かだって?;不利に決まってるじゃないか」をブログで書いた。もちろん、この「TPPの現在」でも論じるつもりである)
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