ウクライナ戦争と経済(11)日本の通貨YENは没落の危機を迎える
対ドルの為替レートが1ドル=130円を突破したことから、日本経済はとんでもない状況に転落するのではないかと思う人がいるいっぽうで、これで日本が立ち直るきっかけになると喜んでいる人も少なくない。こうした現象はこれまでもしばしばあった。為替レートの下落は輸出には有利だが、輸入には不利だからだ。しかし、今回はどうも様子が違うのではないだろうか。
英経済誌ジ・エコノミスト5月3日号は「円がクラッシュする国 弱くなる通貨は日本経済を救うのか沈めるのか」を掲載して、いま急速に進む円安がどのような影響を生み出すかをコンパクトにまとめている。このタイトルは1970年代に刊行されたハンガリー生まれの作家ジョージ・ミケシュの『円出ずる(ライジング)国ニッポン』のもじりだと思うが、暫定的な結論としては、「選挙が終わったあとに、外国人旅行客を入れるようになるとターニングポイントがやってくる」というもので、やや様子見のニュアンスが強い。
そもそも、今回の円安はアメリカのインフレから始まっていた。アメリカがインフレが8.5%にも達し、日本のインフレは0.8%とそれほどではないのだから、昔の経済学入門書で考えれば、アメリカのドルが弱くなり、円が強くなるはずではないか。しかし、アメリカのインフレはFRBの金利上げを生み出したため、日米金利差が甚だしく拡大し(もちろん、アメリカが高く日本が低い)、そのためドルが買われて円が売られているのは当然ということになる。
もうひとつ、ジ・エコノミストが挙げている円安の理由としては、少し前に発表になった日本の経常赤字拡大である。「貿易もこの円の災難には関係している。日本の経常バランスは昨年11月は赤字だった。輸入額の急上昇が主犯格なのではないのか。つまり、日本経済はエネルギーや原料に対する支払いが輸入額の3分の1を占めている。海外から高い買い物をすれば、輸入業者は円を売ってドルを買う必要があった。日本の国境はパンデミックのために閉ざされているから、インバウンドの旅行客に期待できなくなっており、これがさらに経常バランスを悪化させたのだろう」。
もちろん、貿易については輸出が善で輸入が悪と、いちがいに言えないことは、国際経済学の初歩を多少とも学んだ者には自明のことだ。しかし、同誌によれば日本では、「伝統的に」輸出が善とされてきたし、いまでも進行中のコスト・プッシュ・インフレ(原料の値上がりで生じるインフレ)が、日本人のデフレマインドを叩き壊し、ゾンビ企業を市場から追い払ってくれることを願う人は多いという。
また、日本の大企業の多くは為替リスクの対策は、それこそ「伝統的に」充分に整えてあるから、多少の変動で日本経済の根幹が揺るがされるようなことはないとの、外資系投資会社アナリストのコメントも載せている。ただ問題があるとすれば、日本企業が輸出してきた高度付加価値製品(たとえば自動車のような)が、いまのパンデミックとサプライチェーンの分断によって邪魔されることはあるだろうという。
こうしてみれば、冒頭近くに紹介したような、伝統的な輸出重視の政策を掲げる選挙が終わってしまえば、こんどは円安の行き過ぎを是正するような政策を、じっくりとやればいいということになるわけだろう。ただし、私が気になるのは日本経済の過去を振り返ると、たいがいは経済的な事件だけでなく海外の戦争の始まりや終わりが、日本経済の評価を大きく変えてしまい、そのことで日本に対する投資の流れが、変わってしまうというパターンである。
典型的なのは1990年のときで、冷戦が終わることによって、それまで日本に流れ込んでいた資金が途絶え、新しく広がった旧社会主義圏への投資が始まり、世界規模での資本の動きが巨大な規模で変わってしまった。この年には湾岸戦争も起こっている。もちろん、日本がバブルを崩壊させてしまったというファクターがあるが、これすらも旧世界構造の崩壊を加速し、また、日本の回復を遅らせたのも、こうした資本の流れの変化だった。
その意味で、今度のウクライナ戦争が、世界の資本の動向を変えてしまうきっかけになる可能性は高い。そしてまた、コロナ禍対策の失敗や不動産バブルの終焉で中国経済の位置づけが大きく変わることがあれば、さらに日本経済のこれまでのあり方が変わらざるを得なくなる。いっぽう、日本経済と通貨Yenはどのように評価されてきたのか。たとえば、ここで世界の通貨の実効実質為替レートを見てみよう。これはそれぞれの自国の財・サービスの価格を米国の財・サービスの価格と比べることで算出する「通貨の実力」と言えるものだが、日本の円はすでにピークを越えて、いまや1970年代なみになっている。
もうひとつ見てみよう。これはそれぞれのGNP(国民総生産)の伸びに比べて、どれほどの評価をされているかというグラフだが、興味深いことに、GNPに比べて高い評価を得ている通貨はドルUSD、元CNY、そして円JPYだった。ドルと元については、これは経済成長とステイトクラフト(政治・経済を合わせた総合力)を考えれば妥当といえるかもしれない。しかし、日本の円の場合、果たして経済が華々しく成長を続けてきたかといえば、そうではなかった。では、日本が米国や中国のように、政治・経済の総合的な力があったかといえば、首をかしげざるを得ないだろう。
たしかに、この20年ほどは、為替レートが上下することが、中長期で見ればそれほど大きな、そして、恐れるべき現象ではなかった。しかし、日本の円はある意味でかつての経済力を反映して、過大評価されていた側面があり、GNPが伸びなくなっても評価はそのままに据え置かれた。グラフに現れているのはこうした事態である。それが世界的構造が変わるような局面では、ふたたび日本経済は「正確な評価」を押し付けられることになるのではないか。そのくらいのことは、世界の動きを見ていれば起こって不思議はないように思われるのである。
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