今のバブルはいつ崩壊するか(12)R・シラーが新型コロナの衝撃を予言する

新型コロナウイルスの蔓延を前にして、エール大学教授のロバート・シラーが新型コロナとバブル崩壊との関係を語り始めている。「世界経済への直接の影響はたしかに限定的かもしれない。しかし、コロナウイルスはさらに巨大な危機が起きていることを思い出させてくれた」(独経済紙『ハンデルスブラット』電子版)。

独紙『ハンデルスブラット』電子版より

今回は、前回(第11回)を受けて、今のバブル経済が株価暴落に続いて、どのようなショックで、景気後退、不況へと拡大していくかを考えてみるつもりだった。たとえば、米中に蓄積されてきた企業債務について、はたしてこれらがバブル崩壊のなかでどんな破壊力を見せるかについて予想しようと思っていた。

しかし、すでに述べたように「裁きの日の経済学者」と呼ばれるシラーが本腰をあげて、新型コロナウイルスの衝撃を論じ、それが景気後退(リセッション)につながると警告しているのを紹介しないわけにはいかない。いくつかのメディアで語っているが、ここではその先駆となった、ドイツの経済ビジネス紙『ハンデルスブラット』2月28日付のインタビューを見てみよう。

まず、同紙のイェンス・ミュンヒラートは、新型コロナウイルスの流行がグローバルなサプライチェーンを寸断して、そのこと自体が世界経済を不況に叩き落すのではないかと尋ねている。シラーの答えは「いや、そうは思わない」というものだった。意外に思う人もいるだろうが、シラーの答えを注意深く聞いてみよう。

朝日新聞電子版より

「いや、私はそうは思いませんね。もちろん、サプライチェーンの寸断は短期間だけの影響を与えるでしょう。でも、それは一過性のものであって、経済そのものへの被害は限定的です……。歴史上のケースを見てみましょう。1918年に巨大なインフルエンザのパンデミックが起こりましたが、金融市場への効果は当時はむしろ小さなものでした」

すでに、この連載の第9回(パニックとパンデミック)で触れたように、1918年から翌年にかけての「スペイン風邪」の流行は、金融経済を直撃して大不況をもたらすというようなことはなかったのである。では、今回の新型コロナのパンデミックは、金融市場にはそれほど被害をもたらさないのだろうか。シラーの答えは「そうではない」である。

「いや、これもそう思わないですね。金融市場への衝撃はきわめて強いものになる可能性があります。もうすでに新型コロナウイルスへの恐怖は巨大なものになっています。投資家がさらなる恐ろしい出来事に震え上がれば、そのこと自体がさらなる恐怖を生み出してしまうのです」

ここでインタビューアーがシラーの「ナラティブ・エコノミー」を持ち出して、恐怖すべき物語がさらに恐怖を募るといういうプロセスを語ったのに対して、シラーは「まさに、そのとおり」と答えて、次のように述べている。

「恐怖が恐怖を育てるのです。……謎に満ちたウイルスは、強力な物語(ナラティブ)を生み出してしまうのです。しかも、その物語は現実と重なっていく。その物語は事態を恐怖すべきもの、予想もつかない恐ろしいものにしてしまう」

こうしたマイナスのフィードバックは、すでに社会学者のロバート・K・マートンによって「自己実現的予言」という現象として指摘されている。最初は単なる小さな失言であっても、それがコミュニケーションのなかでぐるぐる回るうちに現実味を帯び、しかも巨大な物語となって現実になってしまうわけである。

シラーはすでにアメリカの株式市場は40%過大評価されていると述べていた。そこでインタビューアーが「株式市場のクラッシュで半分くらいになってしまうのか」と聞いているが、シラーの答えは「年内にそうなるのは、15%くらいの可能性がある」というものである。もちろん、この数字はこれからの崩壊過程で大きくなっていくかもしれない。

すでにこの連載でも述べてきたように、シラーはバブル経済を感染症に喩えて論じるようになっていた。今のバブルが崩壊するきっかけが感染症だったというのは、なんとも皮肉というか、歴史のアイロニーというべきか、ある種の感慨をもたずにはいられない。そしてまた、バブルを先駆的に論じたキンドルバーガーが晩年になって、コンテイジョン(伝染)と捉えた世界的経済パニックが、いまや現実のコロナ・パンデミックとともに広がっている。

最後に繰り返しになるが、インタビューの結論的な部分から訳出しておこう。

「すでに述べたように、感染症の影響そのものは経済にとって巨大なものに拡大していくということはないのです。しかし、その間接的な影響は巨大なものとなりうる。つまり、景気後退はやってくることになる。……ウイルスはこうして、現実に歴史的事件の奔流を形成することになるのです」

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