破裂に向かうAIバブル(14)ハイテク企業を翻弄するM&Aの波は米経済を崩落させる

アメリカ経済は、トランプ大統領の関税政策で停滞するのではないかといわれていたが、少なくとも株価を見る限り、いまやますます勢いがついている。その勢いを加速しているのがM&A(企業合併・買収)である。そこにはいくつかの特徴があり、ひとつがいうまでもなくAIを中心としたブームであり、もうひとつがトランプの政策による影響、そしてさらには意外なことに日本でも行われた悪名高い「持ち合い株」の流行なのである。

英経済誌ジ・エコノミスト10月13日付に掲載された「実体経済は気にしなくていい。ディール経済がブームなのだから」という記事は、アメリカ経済の現実を知るためには見逃せない。「リスクを高めているのは、ひとつがトランプ大統領の自由市場に対する矛盾したアプローチであり、独占禁止法問題に対しては軽く見ているのに、そのいっぽうで経済協定や関税を民間部門への圧力や産業政策の手段として用いていることである。もうひとつがテクノロジー企業が、前例のないほど貪欲で多様な買収を繰り広げていることである」。

トランプの影響は、いま巨大企業の合併が急速に試みられていることにも現れている。たとえば、メディア企業のスカイダンスとパラマウントの提携が試みられており、この提携は皮肉にもトランプがらみの報道問題で一時停滞しているものの、これほどの合併はトランプの介在がなければ不可能だった。他にも通信会社のジュニーネットワークスがヒューレット・パッカードによって買収されることが決まった。同じような巨大合併は金融業界でも見られ、フィフス・サードがコメ理科を買収して米国で9番目の規模になると発表されている。

さらに、アブダビのファンドMGXが、TikTokの米国事業のオーナーとなる見込みとなったのも、トランプとの距離が近かったお陰だといわれる。また、サウジアラビアの政府系ファンドがEAの買い手に加わっているが、このコンソーシアムにはトランプの娘婿のジャレド・クシュナーも入っている。もちろん、日本製鉄のUSスチール買収では、トランプにいくつかの決定の拒否権を与えることで、なんとか合意に達したのは周知のことで、この合意に基づいて9月にトランプは、さっそくイリノイの工場閉鎖を阻止している。

目をハイテクに移せば、もっともM&Aの盛り上がりを見せているのがAI業界である。いうまでもなくエヌビディアがその中心で、今年だけで50社に投資している。同社は多くの場合、小さな未公開企業が投資のターゲットにしているが、同時に、イーロン・マスクのXAIやOpenAIへの投資も巨額に達し、ゴールドマン・サックスによれば、こうした関係によってOpenAIは、チップ購入に必要な資金を削減できるという。

このエヌビディアの例を見てすでに気づいた読者もいるだろうが、実はOpenAIなどもハイテク業界の優良企業と株式の「持ち合い」を試みているケースが少なくない。同社はCore Weaveの株式を保有しているだけでなく、マイクロソフト社と収益分配契約を結んでおり、他の企業も同様に持ち合い株式ネットワークを構築することが多くなっている。「これらの取引の詳細は秘密なので、株主は合意内容をほとんど把握できず、二重計上や集中リスクが高くなっていても分からない。結果として生じる複雑さは、日本の悪名高い株式持ち合いでさえも見劣りするほどだ」。意外なところで、日本企業の評価が高まったような錯覚におちいってしまう。

「このように優良企業にとってもリスクは高まっているが、経営者たちはトランプの側に立っている。しかし、2007年を思い出すまでもなく、(そして過去のブームを持ち出すまでもなく)多くのM&Aブームは市場の暴落で終わっている。今回はテクノロジー企業の買収構造が混乱を引き起こし、事態を悪化させる可能性もあり、実体経済の解明はますます困難になりつつある」

●こちらもご覧ください

破裂に向かうAIバブル(1)エヌビディアの高株価はいつまでもつか
破裂に向かうAIバブル(2)エヌビディアの株価下落が世界を恐怖に陥れた
破裂に向かうAIバブル(3)そもそも今回の株暴落は何から始まったか
破裂に向かうAIバブル(4)いまの人工知能ブームを歴史の中で見なおす
破裂に向かうAIバブル(5)ハイテクバブルに崩壊の法則はあるか
破裂に向かうAIバブル(6)エヌビディアの株価はまだまだ下落する
破裂に向かうAIバブル(7)金融イノベーションがもたらす加速リスクの恐怖
破裂に向かうAIバブル(8)2025年が崩壊の年であることを示唆する5つのグラフ
破裂に向かうAIバブル(9)電力インフラ・バブルが崩壊寸前だ
破裂に向かうAIバブル(10)高騰する株価を煽るトランプの失策が怖い
破裂に向かうAIバブル(11)またエヌビディアが暴落した本当の理由
破裂に向かうAIバブル(12)引導を渡すのはトランプのデタラメ経済政策そのものだ
破裂に向かうAIバブル(13)ピークのトランプ経済を崩壊させるのはAIだ
破裂に向かうAIバブル(14)ハイテク企業を翻弄するM&Aの波は米企業を崩落させる
破裂に向かうAIバブル(15)バブルの存在は明らかだが崩壊の時期は予想困難な理由
流言蜚語が「歴史」をつくる;いま情報には冷たく接してちょうどいい
政治指導者が率先してパニック!;学校封鎖と企業封じ込めに出た安倍首相
今のバブルはいつ崩壊するか(1)犯人は「欲望」だけではない
今のバブルはいつ崩壊するか(2)はじけて初めてバブルとわかるという嘘
今のバブルはいつ崩壊するか(3)崩壊させるショックとは何か
今のバブルはいつ崩壊するか(4)先行指標をみれば破裂時期が分かる?
今のバブルはいつ崩壊するか(5)的中したリーマンショックの予言
今のバブルはいつ崩壊するか(6)危うい世界経済を診断する
今のバブルはいつ崩壊するか(7)幻想を産み出し破裂させる「物語」
今のバブルはいつ崩壊するか(8)戦争の脅威は株価を暴落させる
今のバブルはいつ崩壊するか(9)パニックとパンデミック[増補版]
今のバブルはいつ崩壊するか(10)米中からのコンテイジョン(伝染)
今のバブルはいつ崩壊するか(11)パニックへの加速モーメント
今のバブルはいつ崩壊するか(12)R・シラーが新型コロナの衝撃を予言する
今のバブルはいつ崩壊するか(13)債務をどう除去するかが決定的
今のバブルはいつ崩壊するか(14)まず不良債権の居座りを阻止せよ
今のバブルはいつ崩壊するか(15)現在の米国・中国の不良債権を検証する
今のバブルはいつ崩壊するか(16)顕在化する債務と収縮する経済
インフレでなくともバブルは起こる;もう十分に危険水域です
米国はイランと戦争するのか;論じられない2つのファクター
新型コロナウィルスの何が怖いのか;パニック防止がパニックを生む
中国政府の「訂正」がもつインパクト;激変する新型肺炎のピークと終息の予測

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください