破裂に向かうAIバブル(13)ピークのトランプ経済を崩壊させるのはAIだ

8月のインフレ率は2.9%にとどまり、前月の2.7%からは上昇したとはいえ、生鮮食料品とエネルギーを除いたコア・インフレ率は3.1%と前月と同じだった。トランプ経済は勝ったのだろうか? アメリカにはいまもトランプの政策が国民に災厄をもたらすとの雰囲気がただよっている。しかし、いまのところそれほどひどい経済統計の数値は見られない。さらに、この秋にはパウエルのFRBは金利を下げると予想されている。そうなればさらに景気は加速されることになるのだが、実はすべてを覆しかねない伏兵がいる。

英経済誌ジ・エコノミスト9月14日付に掲載された「アメリカ経済は暗いとの予想をくつがえしている」は、肩タイトルが「減速の減速」というのにも示唆されているように、減速予想の勢いが減速していくのではないかとの予想をたてている。「これまでの悲観論にどれほどの根拠があったのだろうか。確かに成長は鈍化しているが、データを深掘りしていけば、減速の規模は小さく、もはや悪化しているようには見えない。上半期の年率1.4%のGDP成長率は、ヨーロッパなどと比べるとかなり良い数値ではないだろうか」。

しかも、同誌によればアメリカ人は依然として多くの支出を続けているという。7月までの統計をみれば、年初はたしかに低迷したが、その後に増加している。サービス業のデータも同じ傾向を示唆しており、小売売上は年間を通じて堅調に推移している。「アトランタ連銀のデータによれば、GDPの中心的構成要素である民間支出および投資の増加は第3四半期に年率2%を超えそうで、しかも、株式市場にいたっては過去最高値を更新している。株式市場は経済全体を押し上げていると同時に、経済全体を反映しているのである」。

こうした数値の提示と解釈は、かなり慎重に行っていることもうかがえ、けっして誇張であるとは思われない。しかし、前段落の最後にある「株式市場は経済全体を押し上げると同時に、経済全体を反映している」という記述は、これまで何度も目撃してきた、バブル経済の末期そのものではないのだろうか。何か先進的な技術やノウハウが注目されてその分野の株価があがる。それにつられて他の分野の株価もあがる。株価が上がると将来に対する希望が膨らみ、株価が急伸している分野への投資が急増する。さらに先進的分野が沸き立って株価が上がる。そのうち株価のレベルはとても投資を回収できない領域に達してしまう。

ジ・エコノミスト誌の同じ号に「AI株式市場が崩壊したらどうなるのか?」が掲載されていて、いかにもジ・エコノミストらしいと思わせる編集だが、こちらは自己増殖を続けるAI株式の最終段階を予想している記事なのである。「AIが経済を変革すると多くの人が信じているため、AI株式市場は活況を呈している」。ベンチャー・キャピタルの連中は「これは産業革命と同規模、いやそれ以上の規模になる」という、これまで歴史で何度も聞いたしセリフを吐くようになり、資産運用会社の人間は、「AI企業のリーダーたちは金めあてではなく、いまや自分がデジタルの神となるために闘っているのだ」などと煽っている。

「AIは本当に神のような存在になるのだろうか? あるいは、そうかもしれない。しかし、USB銀行の最近のリポートによれば、これまでの収益ではまったく期待外れだという。計算では西側諸国の大手AI企業がこの技術から得る総収益は年間500億ドルに達しているが、モルガンスタンレー銀行が2025年から2028年の間に予測している、世界の新しいデータセンターへの投資2.9兆ドルに比べればかなり少ない。AIの収益は今後も急成長する可能性はあるが、それは企業がこの技術が有用だと信じ続けた場合であり、それは必ずしも保証されているわけではないのだ」

MITの最近の調査によれば、この世の組織の95%が生成AIに投資して得ているリターンはなんと「ゼロ」とのことだ。UBS銀行の別のレポートでは「この分野の評価はまさに赤信号」であり、民間投資家アポロのトルステン・ロックによれば「AI関連銘柄は1999年のドットコム銘柄より割高になっている」という。OpenAIの代表者であるサム・アルトマンですら「投資家全体が過剰に興奮しているのではないかだって? わたしの答えはもちろんイエスだよ」と述べている。

もちろん、これまでのハイテク系バブルがそうであったように、バブルが崩壊しても生き残った企業や人間が、その分野を立て直して地道で新しい製品やサービスを供給するようになるのはAIバブルでも同じことだろう。しかし、それがどの企業、どの人物なのかを見抜くのはきわめて難しいし、期待された企業や人間が勝ち抜くとは限らないことも、おそらくこれまでと同じだと思われる。

今回のAIの特徴として、同誌は政府がこれまで以上に深くそのブームにかかわってしまっていることをあげている。「AIブームの火付け役は技術サイドだったが、いまや政治家たちが火に油を注いでいる。各国の政府がAI推進派を支援しているだけではない。アメリカのトランプ政権は規制を緩和し、世界的優位をアメリカのものにするために必要なインフラと人間を提供すると約束している。資金が潤沢な中東の沿岸諸国の政府もAI投資に数兆ドルを注ぎ込んでいるといわれている」。

わたしですらも、すでにこれまでハイテク・バブルの崩壊を数回見ている。これはやはりハイテクへのあまりの期待が過去の経験を押しつぶしているのだと思わざるをえない。今回は人間の知性を超えて神になる話にまで高まっている。しかし、そこに神の属性である崇高も愛も存在していない。「過去1年間、技術革新への期待は、トランプによる不安定な制度、高まる貿易障壁、そして巨額の政府債務といった暗い現実から、目をそらしてくれる有難い存在だった。しかし、もしデジタル・ゴッド(ハイテク神)が降臨しなければ、あるいは降臨が遅れたら、その没落は悲惨なものになるだろう」。

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