破裂に向かうAIバブル(5)ハイテクバブルに崩壊の法則はあるか

日本では株価の乱高下の原因を日銀の金利引き上げに求める傾向が強いが、欧米の経済ジャーナリズムはAIバブル崩壊の兆しだとの疑いを持ち続けている。ただし、その場合の議論でも、AIそのものが本当にビジネスと生活に巨大なインパクトを与えるのかという論点と、バブルを主導していると見られるエヌビディアの市場支配力が継続するのかという論点に分かれる。しかし、実は、これらは表裏一体のものでではないだろうか。

まず、AIのビジネスおよび生活への影響力からの議論だが、長期的にみれば何らかのインパクトはあるのが当然で、その規模や持続力が問題になる。英経済誌ジ・エコノミスト8月19日付は「人工知能は注目を失いつつある」とのコラムを掲載し、「ブーム」と言われる経済現象について、分類を試みている。

まず、同誌がいう「注目を失いつつある」ことの根拠だが、AI革命を担っているとされる欧米企業の株価が、7月に比べて10%下落したこと、さらに、調査によれば、アメリカ企業のうち商品やサービスにAIを使用している企業の比率は、今年初めの5.4%から5.1%に落ちていることなどを挙げている。これから数か月の間にAIを導入する予定の企業も、同比率で下がっているという。

同誌が用いる概念が「ハイプサイクル」で、これは調査会社ガートナーが使い始めたものだが、要するに初期の非合理的な熱狂から、末期の「幻滅の谷」に落ち込むまでの過程に、多くの共通点が見られるという話である。しかし、これはすべての企業がそうなるわけではなく、いったん幻滅の谷に入った産業が、初期の熱狂によって形成されたインフラを用いて見事に復活し、安定した産業に成長する場合もある。

たとえば、鉄道産業だが、19世紀には大ブームとなり生物学者ダーウィンも哲学者ミルも投資に夢中になったが、いったん低迷の時期をへて、結果としては安定した産業として成長した。同じことは1990年代に登場したインターネットについてもいえるわけで、2000年ころにバブルは崩壊したものの、いまのように不可欠な情報インフラ産業となっている。では、失敗する割合と成功する割合はどれくらいだろうか。

同誌が研究者の論文や独自の調査により割り出した概数は、革新、失望、そして復活のパターンをたどるのは全体の5分の1程度で、幻滅の谷から這い上がれないのが全体の10分の6(=5分の3)ということである。残りの5分の1は当初に多少の熱狂があっても、なんとか安定した軌道に入り込んで順調な発展を遂げるという。この堅実型成長の代表としては、太陽光発電やソーシャルメディが挙げられている。にもかかわらず、結論は「驚くほど多くの技術トレンドは一時的な流行に過ぎない」というものだと同誌は述べている。

さて、もうひとつの論点、企業としてのエヌビディアの将来性はどうなのだろうか。これについては、かなり肯定的にとらえているウォール・ストリート・ジャーナル8月19日付の「なぜビッグテックがエヌビディアを王位から引きずり降ろせないか」を見てみよう。タイトルからしてエヌビディア称賛の記事ともいえるが、ポジティブな側面から迫りながら、その限界も炙りだしている。

ひとことでいって、エヌビディアのいまの成功は何によるものだったのか。すでにこの連載で述べたこともあるが、同記事が強調するのはハードのチップとソフトのノウハウをセットで売ってきたことが大きい。つまり、顧客がエヌビディアのチップを使おうとすれば、ソフトの代金も込みで払わなければならないし、そうすることで他の企業との技術上のすり合わせも容易になるというわけである。

これをかつては「ロックイン」と呼んで、たとえばマイクロソフト社の基本ソフトであるウィンドウズで説明することが多かった。ウィンドウズの入ったパソコンを使ってしまうと、バージョンアップを含めて、マイクロソフト社の長期戦略の中に繰り入れられてしまう。そこから抜け出せないこともないが、それは専門的な技術や知識が必要になるので、ほとんどのユーザーがウィンドウズを使い続けるわけである。

もちろん、このエヌビディアのチップの「ロックイン」は、ウィンドウズとは大きく異なる点もある。それはこのレポートの筆者クリストファー・ミムズが強調している点でもある。エヌビディアの場合のロックインは、一般のAIユーザーにかかるのではなくて、AIを提供している企業で技術的サポートを担当するプロたちにかかるのである。これを「ウォールドガーデン」つまり壁に囲まれた庭というらしい。エヌビディアとは異なるチップを使おうとすれば、独自にソフトを開発するか別に購入することになり、エヌビディアを使用している他社との連携がきわめて難しくなる。

もちろん、ウィンドウズに対しても他の基本ソフトを用いるパソコンが存在しているように、いまのところ少数ながら独自のチップを供給し、独自のソフトの提供も行い、なおかつエヌビディアを使用している他社とのすり合わせもできるチップとソフトも提供できる企業も登場している。たとえばミムズが指摘しているのがAMDであり、さらにスタートアップ企業としてはグロッグやニンジャAIがあるという。

こうしたエヌビディア対抗企業の課題は大きいが、長期的に見た場合、一時は圧倒的な市場支配を達成したインテルに対抗できる企業が存在可能になったように、エヌビディアに十分に対抗し、さらには圧倒する企業も出てくるかもしれない。ただし、そのためにはイノベーションの鉄則でいえば、「価格競争で勝つか、技術競争でかつか」の戦いを仕掛けなくてはならない。いまのところは、まだ前者で対抗するしかないらしく、チップ&ソフトの料金をおもいっきり下げて戦っているようだ。こうした企業に勝算があるかどうかは、戦いの長さと新しい技術の登場に依存している。

いずれにせよ、長期的にみても「ほとんどの技術トレンドは一時的な流行に過ぎない」のであり、AIブームの場合のもうひとつの憂慮材料は、これまでAIブームは何度もあったことある。それが何度続けばポジティブなサイクルに入れるのか、そのためのデータは残念ながら見つかっていない。それはいわば人類の「永遠の夢」とかかわっているからではないかと思うが、したがって今回も高い確率で「いつもの悪夢」が控えているわけである。

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