破裂に向かうAIバブル(2)エヌビディアの株価下落が世界を恐怖に陥れた
アメリカの株式市場が急落して、金融市場に恐怖が広がっている。その恐怖は日本の証券市場にも感染して、日経平均も2000円以上の下落を示した。この恐怖の根源には何があるのか。すでにAIブームが終わりつつあり、未来を開いてくれるはずの企業群が急激に萎んでいくのではないかとの暗い予感である。それは単なる思い過ごしではなく、いくつもの事実や予兆が見られるからこそ、ここまでの恐怖になっているのだ。
「ヘッジファンドのエリオット・マネージメントは、顧客の投資家たちにエヌビディアは『バブル』の中にあると伝えた。そして、この集積回路メーカーの株価を押し上げている人工知能技術(AI)のパワーは『誇張されている』と指摘したという」
こう書き出しているのは、英経済紙フィナンシャルタイムズ8月2日付に掲載された「エヌビディアはバブル漬けで、AIは誇張されている」という、かなりセンセーショナルな記事である。ほんの少し前の8月1日には、ロイターが「エヌビディアの時価総額が1日で3300億ドル増加、これはアメリカ史上最大の伸びだ」と報じたばかりだった。
しかし、エリオット・マネージメントが顧客にこっそり教えた事実は、けっしてジョークではなく、また別の投資先を進めるためのフェイクでもない。フロリダに本社をおく同社は総額7000億ドルの資産を運用しているが、おそらくエヌビディアへの投資をあまり顧客に薦めてこなかったのだろう。しかし、顧客からしてみれば、エリオットがエヌビディアへの投資を薦めてくれないのはなぜか、疑問も膨らんでいたにちがいない。
今回の顧客に向けたレポートには、驚くべき実態が書かれていたという。しかし、それはむしろ、ごく当たり前の事実が書かれていたというべきかもしれない。たとえば、同レポートは「ハイテク大手がエヌビディアの集積回路を大量に買い続けるというのは疑わしい」とか、「AIは過大評価されており、想定されているAIの最盛期に、大量のアプリケーションソフトは間に合わない」などと述べているという。
エヌビディアはAIに使われる集積回路GPUを製造しており、それらはオープンAI,チャットGPTなどのAIを用いたサービス企業に絶対に必要であり、マイクロソフト、メタ、アマゾンなどのハイテク大手がAIインフラを構築するのにも、同社の技術は不可欠だといわれてきた。しかし、株価総額が3兆3000億ドルを超え、世界一位となった頃から、いまのAIに対する投資に持続性があるのか疑問が生まれ、6月下旬以降はエヌビディアの株価が約20%下落していた。
エリオットが今回、顧客に送ったレポートには、同社も今年3月末時点では、エヌビディアの株式を450万ドル相当保有していたと述べ、その後は手放したことを示唆している。また、急騰している大手テクノロジー株への投資には慎重になっており、空売りをするとしても、それが「自殺行為」になりかねないリスクがあると述べている。
さらに、「これまでのところ、AIは期待されていた生産性の急激な向上は実現しておらず、会議のメモをまとめたり、レポート作成したり、プログラミングの一部を代行することができるだけで、これといった実務の用途はほとんどない」と断じる。そして結論として、AIは事実上、「誇大宣伝に見合った価値」を創造できていないと述べているのである。
もちろん、AIが何もできないというわけではないだろう。しかし、いま流布しているAIが創るとされる明るい未来のイメージは、足元で実現したばかりの小さな達成を、いかにも大きな可能性の予兆として見せているだけだ。その可能性に投資するには、実現までの時間を考えると、とても合わないということなのである。
こうした否定的なレポートが書かれただけでなく、エヌビディアの未来を疑問視する材料が追加されている。ひとつはパソコンのCPUを独占的に供給してきたインテル社の株価が急落したことだろう。英経済誌ジ・エコノミスト8月2日付の「インテルに何が起こっているのか?」は、株価の急落で「時価総額は1日で400億ドル減少した」と述べ、すでに最盛期を過ぎたチップメーカーがどれほどの苦闘を強いられるかを指摘している。
また、ブルームバーグ8月2日付の配信「米、エヌビディアの独禁法調査開始、AI半導体をめぐって」は、エヌビディアが採用してきた、いわゆる「抱き合わせ販売」が、独占禁止法違反の疑いがあり、「AI用半導体の販売で優越的地位を乱用した疑い」でアメリカ司法省が動いていることを伝えている。このシリーズの第1回で紹介したように、エヌビディアはハードとソフトをセットにする戦略を強化する予定だったので、この問題はこれからの経営路線に大きな影響を与えることになるだろう。
これからも急伸を続けるだろうとされてきた、エヌビディアへの疑問が膨らみ、これまで半導体市場を支配してきたインテルの苦戦の予兆が見えているなかで、大きな不安が投資の世界を覆っている。前出のジ・エコノミスト8月2日付は「なぜ恐怖があらゆる市場に広がっているのか」を掲載して、アメリカと日本の株価下落の理由を探っている。
同誌は3つの理由を挙げている。第一が、ここまで見てきたように、AIへの期待が膨らんで、それがすでに非現実的なレベルまで達していること。第二が、ハイテク企業の未来が怪しくなったことで、実は、経済全体が怪しいのではないかと疑われていることだ。この点についてはアメリカの雇用者数の伸びに陰りが見えていることが大きいという。
そして第三に、急激に日本の円が強くなっていることも大きい。円高になれば日本の株価が下がり、これまであった「円安とハト派的な金融政策」の組み合わせが解消されると予想されてきた。それは日銀の植田総裁の新しい金融政策が、国際水準とされる2%へのインフレターゲットを前提とすることで、いまや現実となっている。
勝手に加えれば、ハマス最高指導者のハニヤがイスラエルによって暗殺されたことで、中東の混乱が予想されており、そのいっぽう、アメリカの大統領選がバイデン退却とハリス立候補によって、予想がつきにくい不安定な状況になったことなども大きいだろう。バブルだった株価が崩壊するときには、その因果関係は確かではないが、不確実性を急激に高める事件が起こっているというのが、これまで歴史が示してきたことだった。
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