破裂に向かうAIバブル(1)エヌビディアの高株価はいつまでもつか
6月18日、予想されていたことだが、半導体設計会社のエヌビディアが、世界で最も時価総額の多い企業となった。これも予想されていたことだが、これがエヌビディアのピークだという説と、いや、同社はますます繁栄するという説がせめぎ合っている。そして、これまた予想されたことだが、このピークは実はAIバブルそのものの終わりの始まりだという論者と、とんでもない、これは単なるAI時代の序曲だという論者たちの論争が激しい。
タイトルでも明らかなように、わたしはエヌビディアがよほどの社内革新でもおこさないかぎり、これは同社のピークであり、そして、何回目かのAIバブルの崩壊の始まりだと考えている。いまやAIについては、これまで無縁だった人たちが「AIは新しい時代を拓きつつある」などと口にするようになったが、これこそジョセフ・ケネディ(JFKの父)の名言「靴磨きが株の指南をするようになったら株価バブルは終り」と同じ状況にあるといえる。
いまやエヌビディアの物凄い報道合戦になっているが、まず、英経済紙フィナンシャルタイムズ6月22日付に掲載された「エヌビディアは新AI経済の中心でいられるのだろうか」などで現状を確認してみよう。6月18日、エヌビディアが発行している株価総額が、アップルとマイクロソフトを抜いて、3兆3000億ドルに達した。
同社のグラフィック処理ユニットは、メタやマイクロソフトが巨大なAIシステムを構築するさいに欠かせないもので、2022年11月にOpenAIのチャットボットChatGPTがサービスを始めて以来、エヌビディアの株価は、なんと約700%もの上昇を見せているという。つまり、いまのAIのイノベーションを根底で支えているので、圧倒的な優位をもっているというわけである。
しかし、そのいっぽうで、このリーディングカンパニーには今の地位を維持するには、当然のことながら、多くの問題が存在する。まずは、まさにこの株価の高さがはたして同社の未来の発展を正確に反映したものかという問題である。すでにロバート・シラーが編み出した景気循環調整後株価収益率(シラーPER)で見ると36倍近くに達し、単純にいって同社株に投資しても回収には36年かかる。これがそのまま続くと考えるのは無理がある。
また、エヌビディアという企業はいまのところチップの設計製造業であって、AIの未来の根底をおさえているとはいえ、AIブーム全体からみればほんの一部の支配者に過ぎない。今後、他のテック・ジャイアントたちがこの分野に乗り出してくる可能性は高く、いまの経営形態では優位を保つのは至難のわざといってよいだろう。
まず、後者のビジネスモデルの問題だが、これについては前出フィナンシャル紙によれば、これまでグラフィック処理ユニットを売るさいには、そのオペレーションのためのソフトは無料で提供してきたが、それを改め、ちゃんと有料にするためにビジネスモデルに切り替えるらしい。しかし、これは一種の転機になる可能性が高い。いくらチップに優位性があっても、これまでタダだったノウハウに、これからは金を払えというようなもので、そんなら自分ところでやりますという事態になる危険は大きいだろう。
いっぽう、株価それ自体の問題だが、英経済誌ジ・エコノミスト6月19日付のコラム「ボトムウッド」が「エヌビディア株は高いのか? アメリカ株はもっと上昇するのか?」との考察を載せている。同コラム氏によれば、シラーPERが36にも達したのだから、エヌビディア株への投資は、いまや米国債の50年ものへの投資と似たものになっているとして、エヌビディア株のこれからを占っている。
同コラム氏がいうには、50年もの米国債は「金利が上がれば下落して、金利が下がれば上昇する」。したがって、エヌビディア株は(しばらくの間は)米国債のようにFRBが決める政策金利にいちばん大きな影響を受けるのではないかというのである。そしていまFRBは金利を下げる方向にあるので、エヌビディア株も上昇するというのだ。
しかし、(これは同コラム氏も実は分かっているようなのだが)いかに想定されている投資期間が似ていても、国債と株式では投資家の意識がまったく異なる。これなど「ちょっと面白い話」程度のネタに過ぎないといってよいだろう。投資家たちの関心は何かといえば、ひょっとしたら今回のバブルはバブルでないのではないのかというもので、この点については前出フィナンシャル紙でテクノロジー投資会社のユーロ・ベイナットが「今後16カ月から18カ月で何が可能で、何が不可能かが分かるだろう」と指摘している。
さて、他にも何とかエヌビディアの時価総額第1位をAI時代のさらなる繁栄へと結び付けたい記事も多いが(すでに3位まで下がったようだが)、それは日本の経済マスコミと同じだから割愛して、もう少し渋い見方をしている記事を見ておこう。米経済紙ウォールストリート・ジャーナル6月20日付のジェームズ・マッキントッシュ記者の「エヌビディア株の成功は株式市場にとっては困りもの」は、あまりの上昇率が株式市場を危険なものにしているとの指摘である。
ざっと紹介してしまうと、たとえばS&P500の株価は上昇を遂げているが、そのうちの3分の1分がエヌビディアの上昇分であって、上昇しているときにはみんな喜んでいられるが、いったんエヌビディア株が下落を始めたら、おそらく、つれ落ちがひどいことになるのではないかというわけである。もちろん、これはかなりの想像力が入っている気がするが、株式市場がいまや不確実性を高くしているという認識は間違っていないだろう。
面白いのはマッキントッシュ記者が、有名な150年ほど前の英国の小説、ディケンズの『二都物語』の冒頭から「いまは信念の時代であるとともに、不信の時代でもある」を引用していることだ。AIバブルの話のなかにディケンズの写真がど~んと載っているので何かと思えば、いまの株式市場の不安定さを強調したいだけのことで、まあ、よくやるよとは思ったが、現実はそのとおりだろう。
ちなみに、この冒頭の文章は「それは希望の春でもあれば、絶望の冬だった」へと続くので、いいたいことは、本当はこっちではないのかという気もする。ただし、後半のほうに近づいているという意味だが。すでにこのサイトでは、株式市場崩壊についての記事を沢山投稿しているが、今回のAIバブルも過去と同じような性格をもっていることは、歴史的事例をみればわかる。ふたたび、同じような事例について書いてみようと思うのは、今回の場合は「違う点があるのか」という関心からだ。ときどきお読みいただければ幸いである。
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