MMTの懐疑的入門(5)ジェット戦闘機の購入法

MMTの理論家たちは、先進諸国の中央銀行は、かつてタブーのようにいわれた政府との連携操作を事実上行ってきたし、また、2007年に始まる世界金融危機以降は、さらに強力に一体化を推し進めていると主張している。(以下の文章と図版は追加されている)

これは少しも変った主張ではないことは、日本の中央銀行である日銀のいまの実態を観察すれば明らかになる。それはすでにHatsugenTodayに投稿した「幻視のなかのMMT;日本が根拠である意味」でも述べたとおりである。こうした現実をMMT派が繰り返し指摘しているのは、MMTの核心部分である統合政府による通貨発行の根拠を強調したいためだが、この連載でも彼らの考え方をなるたけ正確に認識するため、煩雑を承知のうえで紹介しておきたい。

 前もって、結論からいっておけば、アメリカの政府=FRBも日本の政府=日銀も、「中央銀行による国債の直接引き受けの禁止」を回避するために、法律に違反しないようにして、あるいはぎりぎりの脱法的方法によって、事実上、現実化してしまっているということである。これまでの主流派経済学者は、「それはあくまで経済危機の例外的状況への対処だ」と言うかもしれないが、MMTの理論家たちは「いや、それは違う。リーマンショックが起こる以前から、実は政府と中央銀行は一体となって政策を推進してきたし、それどころか、事実上の中央銀行による国債の直接引き受けをやってきた」と反論するだろう。

 MMTの理論家であるL・R・レイの『現代貨幣理論 第2版』を今回も参照するが、そのなかで政府がジェット機を買う場合に使われる、いくつかの方法を比較しているくだりがある。第1版ではこの「ジェット機(Jet)」が「爆弾(Bomb)」となっていたが、内容的には変わっていない。まあ、政府が購入するものだから軍事用の爆弾にしておいたものの、MMTの支持者にはリベラル左派あるいは民主的社会主義者が多いこともあって、あたりさわりのない例にしたのかもしれない。しかし、ジェットだって戦闘機なら同じことじゃやないかと思うが、あんまり細かいことにはこだわらないことにしよう。

 レイがこのジェット機の購入法で第1に上げているのが、税金を徴収してその資金でジェット機を買う場合である。それは、「租税で調達①~②」のように結果として民間部門からの収奪の様相を呈することになる。昔はこれが常態だったわけで、日露戦争前の日本では生糸の輸出に高い税金をかけ、さらに、公務員にも給与の十分の一を差し出させてロシアとの戦争に備えた。(夏目漱石もずいぶんこの天引きには苦しんだらしい)。それはいまからみれば収奪そのものかもしれないが、いっぽうで、戦時国債もユダヤ資本の協力をあおいで、世界市場で売ったことは知られている。

 話を元に戻すが、では、ジェット機(あるいは爆弾)のための資金を、国債発行によって調達したらどうなるかというのが「国債で調達①~②」である。すでにお気づきだろうが、レイはいわゆる「Tアカウンティング(T字勘定)」と呼ばれる略式簿記によって記載しているので馴染んでいない人には分かりにくいが、要するに国債なら「まだ税金に比べればハッピーだ」(レイ)という最終的な結果となる。だからといって戦争に勝てる保証はないが、すくなくとも民間部門にも国債や預金が残るわけである。

 しかし、この「国債で調達①~②」において、政府が国債を売ってお金を直接手にすることになっているが、実は制度的には無理なのである。まず、財務省が小切手を発行することができるのは、中央銀行の勘定でのみなので、「正式①~③」に示されているような手順を踏まなくてはならない。(図版はレイの著作を参考にしているが、分かりにくいかもしれないので、赤字で書いている大きな文字だけ読んでいただければよい)。

 ①まず、ジェット機を買うための小切手を発行する前に、財務省は預金を中央銀行の勘定に移しておかなくてはならない。②そのうえで、政府は中央銀行の勘定を使って小切手を切ってジェット製造業(軍事産業)に渡す。ジェット製造業者はこの小切手を民間銀行に持ち込んで当座預金に同額を記載してもらうことになる。③その結果は、こうした複雑な手順を踏まないときと同じことになる。この過程は、いまの日銀が量的緩和になってから行っていること(HatsugenTodayの「幻視のなかのMMT;日本が根拠である意味」)と同じようなものといえる。

 結局はこの間に立って仲介するのが中央銀行であり、政府と中央銀行が国債を売るという政策において、すでに「統合政府」を形成してきたということになるとレイはいう。また、中央銀行が直接国債引き受けを禁止する法律を、さまざまな手口で回避してきた事実を強調している。

今回は簡単なスケッチにとどめておくが、かつてアメリカの中央銀行であるFED(日本ではFRBと表記される)が、(すでに連載のなかで触れたように)財務省証券(国債)を購入することができるのは、「公開金融市場」を通じての操作に限られていた。財務省は法制的にFEDに持っている勘定を、つねにポジティブ(黒字)にしていなくてはならなかったので、財政出動に先だって税金の徴収や金融公開市場で財務証券を売るなどして、勘定を大きくポジティブにしておく必要があった。

しかし、MMTの理論家たちにいわせれば、「それが政府とFEDの完全分離を意味したわけではなかった」。というのは、たとえば、財務省が財政出動を行うと民間銀行がもつFEDの勘定は増加するいっぽうで、納税準備預金が減少するなどして、こうした増減はオーバーナイトの金利を動かしたからであるという。「したがって、財務省の操作は、FEDの金利を動かし維持するといった金融政策とは、切り離して考えることはできないものだったのである」(レイ前掲書)。財務省とFEDが一体化せざるをえない事態は頻繁にあったというわけだ。

たしかに、アメリカや日本における政府と中央銀行との関係は、これまでにないほど密接なものとなっている。日本のアベノミクスにおいては最初から黒田日銀はインフレターゲット政策を支持していたし、金融危機からの脱出をはかるオバマ政権時代のバーナンキ元FRD議長はもとより、いまのパウエル議長なども最初は独立性を見せるかと思ったが、いつの間にか政府をうかがいながらの判断である。とはいえ、これが常態なのか、また、どれくらい続いていくのかについては、やはり歴史を垣間見ることぐらいはしておく必要があるだろう。

たとえば、アメリカのFEDはできたのが1913年と他の先進国と比べるときわめて遅く、20世紀初頭にはすでに英国を超えたといわれるにもかかわらず、中南米との貿易でもわざわざロンドンで決済していた。また、大恐慌時代にFEDは完全に財務省の指揮下に繰りこまれ、再び独立性を強めたのは1951年に財務省との間にアコードと呼ばれた共同声明を発表してからだった。このアコードについての評価も分かれている。そもそも、中央銀行の機能についての議論も終わったわけではない。MMTは現状を説明しているから「正しい」というのは短慮であろう。

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MMTの懐疑的入門(5)ジェット戦闘機の購入法” に対して1件のコメントがあります。

  1. bnm より:

    初めまして。
    MMTが「事実上の中央銀行による国債の直接引き受けをやってきた」というのは、量的緩和のことではありませんよ。昨今のFRBや日銀のあれこれも関係ないです。
    「財務省の操作は、FEDの金利を動かし維持するといった金融政策とは、切り離して考えることはできない」というのは、「金融調節」のことを言っています。簡単に言うと、準備預金の増減、つまり資金過不足を放置すると金利変動してしまうため、そうならないように中央銀行が資金の提供や吸収を行う、という話です。例えば政府が国債発行する、つまり準備預金が減少するとき、中央銀行は前もって買いオペ等でインターバンク市場に資金供給します。言うなれば、政府が資金調達するとき中央銀行が先回りしてインターバンク市場に「政府が来たらこのお金渡してあげてネ」と融通するんです。
    これを踏まえれば、国債の市中発行も中央銀行直接引受も、(市中銀行に利益を渡す渡さないの違いはあるが)ファイナンス的には同じということが理解できるはずです。

  2. bnm より:

    もっと単純に言うならば、(自国通貨国で)政府の収入になるお金というのは国債発行にしろ徴税にしろベースマネーです。マネーストックではありません。そしてベースマネーは100%中央銀行の発行です。つまり、政府が支出するお金は絶対に中央銀行発行マネーなんです。間をどういう経緯を経ようとも。MMTはこういうことを言っています。

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