仮想通貨の黄昏(15)従来の金融と仮想通貨の融合が生み出す危機
イーロン・マスクが仮想通貨についてジョークを連発していたころは、まだ牧歌的な時代と言えた。彼のジョークがビットコインを上昇させたり、新しい仮想通貨が生まれたりする程度ですんでいたからだ。しかし、トランプ大統領が本気で金融の仮想通貨化を宣言したいま、繁栄の時代が来ると単純に思える人は少ないのではないだろうか。それどころか、仮想通貨の世界で日常化した金融犯罪と不安定性が、従来の金融の世界でも日常化する危険がある。
さる1月23日、トランプ大統領は仮想通貨についての、きわめて危険な大統領令を発布した。「デジタル資産は、アメリカの技術革新や経済発展にとどまらず、我が国の国際的リーダーシップにおいても、重要な役割を果たすことになる」というのがその大統領令の文章の一部だが、これは単に宣言しただけでなく、トランプがこれまでのアメリカの仮想通貨政策を完全に変えて、そのパワーを全開させようとするものなのである。
英経済誌ジ・エコノミスト1月26日付は「アメリカの仮想通貨への熱狂は、破滅的な終末を迎えることになるのか?」との記事を掲載している。「ドナルド・トランプのチームはデジタル金融を主流にしようとしている」というわけだが、ひとことでいってトランプは、従来の金融と仮想通貨による金融を融合させてしまえと煽っているわけだ。その結果生じるのがアメリカおよび金融界の繁栄だと思い込んでいるところが、何とも恐ろしく、そして滑稽ですらある。
同誌は、バイデン政権における仮想通貨政策として、抑制の効いた既存の金融と仮想通貨の金融の分離に注意を促している。つまり、多くの制御システムが存在している従来の金融システムと比べて、ちょっとしたきっかけで暴騰と暴落を繰り返す仮想通貨の金融システムの2つの世界は、同じルールで管理することは難しいから、トランプのようにくっつけてしまうのは慎重でなければならないというわけである。
もっとも、別にバイデンが立派だったわけではなく、常識的に考えれば、これまでの金融の暴走がすべて「新しい金融」によって起こされたことを思い出せば当然のことなのだ。むしろ、トランプが咆哮しつつ仮想通貨を煽っていることのほうが、あまりにも異常で恥知らずな事態だと見たほうがよい。繰り返し指摘していることだが、新しい金融を求めるのはあぶく銭そのものが欲しい野心家たちと、あぶく銭をつかって手数料を稼ぎたい金融界であって、それに乗せられている若者や貧乏人はほとんどが被害者といってよい。
そもそも、もうすでに仮想通貨がいかに人を騙すかは、たくさんの事件によって明らかになってしまっている。甘言によって仮想通貨を買わせるのに始まり、管理システムの甘い交換所で取引させて何者かに盗まれてしまうことも珍しくなく、ひどい場合には交換所を開設している連中が、何食わぬ顔をして勝手に別口で運用したり、はては自ら巧妙に加入者から盗んだりしているのである。そして、自分たちの責任で紛失すると「これは北朝鮮の仕業だ」などといっている連中すらいるだろう(もちろん、北朝鮮がハッキングによって仮想通貨を盗んでいるという説は否定できないが)。
ジ・エコノミストが挙げているトランプ仮想通貨構想の危険は、大きいものだけでも2つあるようだ。まず、犯罪の日常化である。「FRBの金融監督責任者を退任することになっているマイケル・バーは、金融の仮想通貨化の危険性について声高に警告してきた。この業界がいかがわしいと言われるのには理由がある。世界最大級の仮想通貨取引所だったFTXの創設者サム・バンクマン=フリードは、昨年、詐欺の罪で懲役25年の刑を宣告されている。ライバルだったチャンポン・ジャオも、マネーロンダリングの罪で4カ月ばかり投獄された。彼らが犯した違法行為こそ、規制当局が金融全体から排除したいものなのである」。
もうひとつが、仮想通貨の価格変動の激しさが既存の金融市場に与える影響だという。「イエール大学のスティーブン・ケリーは『仮想通貨の価格と銀行との関連性』について懸念を表明している。銀行預金が仮想通貨市場の激しい動きに対して脆弱であれば、金融機関は取り付け騒ぎに対してきわめて脆弱になる。ケリーは例として、2023年に破綻した仮想通貨に特化したシルバーゲート銀行とシグネチャー銀行について述べている。両行とも、2021年後半に始まった仮想通貨の暴落とFTX破綻によって行き詰まった」。仮想通貨の価格変動が既存の金融と接続してしまうと、金融全体が極端な不安定性をもつのだ。
この従来の金融と仮想通貨化された金融との融合については、たとえば、仮想通貨を担保にした場合を考えてみればいい。仮想通貨100億円を担保に7掛けで70億円を融資し、激しい価格変動で仮想通貨が2分の1に下落したとする。これは融資額が担保価値を上回ってしまうわけで融資した者が危機に陥る。これは1990年代の日本における不動産暴落を思い出せば分かる。同じように仮想通貨を支払いに使った場合、期日までに仮想通貨が暴騰すれば支払い側が大損し、仮想通貨が暴落すれば受け取り側が大損するだろう。これはデリバティブの世界では体験ずみのことだ。こうした仮想通貨をからめた取引はすでに行われており、仮想通貨の浸透度によって危険は増しているわけだ。
いま、アメリカは異常な状態にある。ギャンブルへの熱中、新しい形の個人投資、仮想通貨の高騰、そして株価の過熱などなど。体温が異常に高くなっているのに、新大統領はこれから全速力で走ろうというわけだ。もうすでに十分に危険極まりない状況にある。「それなのにトランプは、アメリカ人がどこまで熱くなれるのか試そうというのである。その結果として、ウォール街と仮想通貨の相性がやっぱり悪かったとなれば(その可能性は高い)、コストは膨大なものとなるだろう」。
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