破裂に向かうAIバブル(4)いまの人工知能ブームを歴史の中で見なおす
生成AIが経済や生活に革命を起こすというのが本当でも、どのような革命なのだろうか。ここでは歴史にそれを聞いてみよう。革命というのは「それまでなかったことが起こること」だと考えている人もいるだろう。しかし、新しい技術の登場とその影響という点で見ていけば、人類はけっこう参考になる事態を経験している。生成AIは過去の事例としては何の発明に似ているのだろうか。
英経済誌ジ・エコノミスト8月6日付に「歴史好きのためのAIをめぐる市場パニックに関するガイド」が掲載されている。ここではミネソタ大学のアンドリュー・オドリツコ教授の説が紹介されている。オドリツコ教授は数学が専門だが、投機的バブルについての歴史研究家としても知られている。彼は生成AIがいつの日か人間の仕事から退屈な作業を取り除いてくれることを望んでいるが、そのいっぽうで、最近の投機熱がテクノロジーそのものだけを巡って生じていることも分かっているという。
これまで新しいテクノロジーの登場とその経済的効果を論じるさいには、18世紀から始まる欧米における鉄道網の整備と、電報が先駆けとなった電気的情報網の発達を比較する場合が多かった。両者に共通するネットワーク性に注目し、最初は過剰期待のバブルを生み出してしまうが、ネットワークの整備が進んで十数年間、あるいは数十年を経過すれば、産業全体の生産性を押し上げていくという説が有力だった。
ところが、オドリツコ教授によれば、生成AIの産業そして生活に与える影響を予測するには、鉄道網と電気的通信網に注目しても有効な予測は得られないと指摘している。「オドリツコは、鉄道網やインターネット網が生成AIについて考えるさいのよいガイドになるとは思っていない。なぜなら、かつての鉄道網や電信網の整備と、今回の生成AIの普及はそもそも成り立ちが違うからだ」。
オドリツコによれば、実は鉄道会社も通信会社も最初からどうすれば儲かるかを知っていたという。鉄道網は他の馬車など他の交通手段から役割を奪ったのであり、電気的通信網は郵便など他のコミュニケーションや、雑誌などの娯楽を削り取ったのである。ただし、その潜在的な利益の規模については、まったく幻想的なものになってしまい、バブルが大きく膨らんでしまったわけである。
「生成AIはこれらとは異なっている。その破壊的ともいえる潜在力は明らかだが、いっぽう、いったい何に中心的に使えばいいのか、そして、そこからどうすれば収益があがっていくのかについては、いまだに誰もよく分かっていないのである。オドリツコ教授にいわせれば、比較の上でよりパラレルに前例として見ることができるのは、19世紀アメリカの電報会社と電力会社の投機的ブームなのだという」
まず、電報会社について言えば、電報のシステムはいまテック・ジャイアントと呼ばれるハイテク各社が、生成AIに対して取り組んでいる素朴な先行形態として見ることができる。そもそもの始まりでいえば、実は、電報は鉄道列車をスムーズに走らせるために使われた。コーネリアス・ヴァンダービルトのような鉄道王は、そのときにすでに存在した鉄道にそって電報通信網を作り上げたが、それは現在のテック・ジャイアントがクラウド・サービスに、生成AIを織り込んでいくようなものだったという。
電報だけに特化した独立系電報会社は、当初は苦戦が続いた。19世紀の中頃には、それぞれの電報会社が自社を防衛するために、巨額の投資を煽って熾烈な価格競争を展開することになった。何とか経営を維持できるようになったのは南北戦争以降で、商業目的の電報の使用が飛躍的に急増し、ウエスタン・ユニオンなどの電報会社は「利益製造マシーン」などと言われるほど儲かった時期もあった。
次に電力会社については、最初のころの電気照明ビジネスを、いまのエヌビディアの経営と比較するとよいかもしれない。生成AIのように、初期の電気照明も人びとの興奮をかきたてた新興ビジネスだった。何世紀もの間、人びとは照明に使用するロウソクや灯油に替わって、安くてクリーンな照明を求め続けていた。いまGPUとして知られているエヌビディアのAIチップのように、初期の電気照明をリードしたのが「アーク灯」だった。
このアーク灯は、アメリカの起業家チャールズ・ブラッシュが開発を援助した発明品だった。ブラッシュはアングロ・アメリカン・ブラッシュ・エレクトリック照明会社を設立したが、同社が資金援助する企業にアーク灯の製造ライセンスを与えると、ブラッシュの会社の株は急騰した。アーク灯から生まれる利益が噴出すれば、ビジネスが成功するのは自明のことのように見なされ、懐疑的だった連中は想像力がないと笑われたという。
注意すべきは、この先駆的な試みの2つの事例は、これで「めでたしめでたし」とはならなかったことだ。まず、電報だが、ウエスタン・ユニオンは商業的に軌道に乗ったかのように思われたが、それまで人びとがほとんど注目しなかったグラハム・ベルの電話会社に追い抜かれることになった。また、放電を利用するアーク灯のほうも、実際にはあまりに電力がかかることが分かって、商業ベースでは困難になるにつれて、「ブラッシュ・バブル」は終焉した。このアーク灯にかわって世界に普及していったのが、フィラメントを使った白熱灯を供給したトーマス・エジソンの会社(後にジェネラル・エレクトリック)だった。
こうした事例を見てくると、エヌビディアの将来には赤信号が灯っていると思われても仕方がないが、オドリツコ教授はそうはいっていない。そのかわり、2つほど追加で重要な指摘をしている。ひとつは、これまで起こった投資ブームの多くは、政府の投資が背後に存在したことである。そのことでリスクの高い試みが信用を持ち、また、資金の安定した供給が期待できた。いまのケースでいえば、テック・ジャイアントがどこまで支援できるかということになるのかも知れない。
もうひとつの追加は、もし生成AIが生み出すものがすぐに成功しなければ、テック・ジャイアントといえども、AIへの投資を引き下げるだろうという予想である。もちろん、エヌビディアについても同じで、同社のチップが期待されているような成果が出ないと判断されたなら、株価は急速に下落していくとオドリツコは述べている。当り前の話なのだが、歴史を介してみたAIへの予測も、決して楽天的にはなれないものといえる。最後はこの記事全体の締め括りを付け加えておこう。
「歴史から学べるひとつの教訓は、ブームとその崩壊はしばしば広範な経済の不確実性と資本コストの急変を伴うということだ。いまのAIをめぐる混乱においても同じことが言える。運がよければ、過大評価された市場からほんの『おこぼれ』を手にすることはできるかもしれない。しかし、それでもなお、有望ではあってもまだ初期にある技術の勢いが増すなかで、投資家はさらなる変化に備える必要があるだろう」
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