英メイ首相の辞任が意味するもの:国家再生の挫折?

 いよいよ、英国のメイ首相が辞任する可能性が高くなってきた。まだ、辞任を表明していないが、現地時間の24日にはそのための演説を行う予定だという。この辞任は、もちろん、ブレグジット(英国のEU離脱)を巧みに指導することができなかったためである。詳細はこれから明らかにされると思われるが、まずは今年1月に発表した小文を掲載しておくことにする。【以下、再掲載】

 英国がEUから離脱する方式をめぐって、世界を巻き込んだ大きな混乱になりつつある。一時はメイ英首相の不信任案が提出される事態となった。日本から眺めていると、地球の裏側の出来事のようにも思えるが、実は、私たちにとり深刻な問題をいくつも含んでいる。

 そもそも、このEU離脱は、2016年の国民投票によって決定されたものだ。すでに半世紀もの歴史を持つ英国とヨーロッパ大陸諸国との統合を、今になって御破算にさせたものはいったい何だったのか、注意深く考えてみる必要がある。

 ひとつは、全ヨーロッパという統合体が生まれることによって生じた広域経済圏が、希望に満ちた未来像を裏切って大きな格差を生み出したことである。いわばヨーロッパ内の「グローバリズム」により、かつての国家間の経済力格差があらわになると同時に、それぞれの国内においても所得格差が進行してしまった。

 ふたつ目は、さらに拡大したEU内での人口移動がさかんになり、異なる価値観をもつ人たちの間の摩擦が起こりやすくなった。特に、中東やアフリカからの移住者たちが異なる宗教を域内にもち込み、この中には、自分たちの価値観の実現のためにはテロも辞さないとする者たちも含まれていたのである。

 みっつ目は、他国との統合が進むなかで、国家として自分たちの決定ができなくなったことへの嫌悪と恐怖が広がったことがあげられる。こうした現象はEU諸国に共通したものだったはずだが、英国の場合には「大英帝国」として世界に覇を唱えた過去をもっている分だけ、嫌悪と恐怖の情は強かったと思われる。

 もちろん、国民投票でブレグジットが決定されてからも、なぜこうした大胆な決定が突然になされてしまったのか、その原因をめぐっての議論がさかんになった。そのなかで特に注目されたのがD・グッドハートの『どこか(サムウェア)への道』という本だった。

 同書は、グローバリズムの波に洗われて大きな格差が生まれ、テロリズムにさらされるようになった英国社会が、「エニウェア(どこでもやっていける)族」と、「サムウェア(どこかに属していたい)族」に、分裂してしまったのだと指摘した。経済エリートのエニウェア族はEUに留まりグローバル化のなかで活躍したいと思うが、そうでないサムウェア族は昔の英国に戻るためEUから離脱したほうがよいと信じたというわけである。

 この分析は、ヨーロッパ大陸諸国の「右傾化」や米国の「アメリカ第一」などの現象も説明できるので、日本でも多くの論者が注目した。グローバル化の時代は終わりを迎え、健全なナショナリズムが復活しつつある兆候として肯定的に捉えた人たちもいた。

 こうしたサムウェア族が、自国の独立性を意識させ社会の安定に寄与するものなら、私も期待したいと思う。しかし、これまでのところ、英国の混乱、ヨーロッパ大陸の迷走、米国の自国中心主義が続いているのを見れば、そう簡単に肯定的に見ることはできない。

 彼らはグローバル化に反対しても、国内経済の活性化の道を見出しているわけではない。移民政策に懐疑的でも、外国人労働者の安い賃金にすでに十分に依存している。そして、自国の独立性を語っていても、そのための犠牲は受け入れたくない。つまり、サムウェア族の多くは、拒否権を発揮しても必ずしも積極性を備えているとは限らないのである。

 お気づきになったと思うが、実は、いまヨーロッパや米国で起こっていることは、我が国で本格化しつつある近未来そのものといってよい。これまでの歴史を真摯に振り返れば、1920年代のグローバル化の後にやってきた、恐るべき大混乱が見え隠れしているのだ。

 これから私たちが直面するのは、これまでの問題が解決する時代ではなく、その解決に膨大な時間と労力が必要となる、困難な時代なのだと覚悟したほうがよい。多くの問題に対処する積極性を、どのようにして創生していくかが大きな課題となるのである。(「通信文化新報」1月28日付)

【以上、再掲載】日本における言論においても、アメリカのトランプ現象や英国のブレグジット投票について、「いよいよ、国家の時代が来た」と論じて、こうした現象をひたすら肯定的に論じる人たちは少なくなかった。しかし、ほんとうに自分たちの国の現実を検証し、自らの論理によっていまの事態に対応しようとしたのか。結局、移民問題については、英国のネオコン本などを異様に褒め称えて、経済問題についてもMMTを半端に輸入して済ませてきたのではないのか。

 

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